の崖《がけ》を樹《き》の茂《しげ》つた細《ほそ》い路《みち》へ、……背負《せを》つて居《ゐ》た、丈《たけ》の伸《の》びた雑木《ざうき》の薪《まき》を、身躰《からだ》ごと横《よこ》にして、ざつと入《はい》つて行《ゆ》く。
しばらく、ざわ/\と鳴《な》つて居《ゐ》た。
急《きふ》に何《なん》だか寂《さび》しく成《な》つて、酔《ゑひ》ざめのやうな身震《みぶる》ひが出《で》た。急《いそ》いで、燈火《ともしび》を当《あて》に駆下《かけお》りる、と思《おも》ひがけず、往《ゆき》には覚《おぼ》えもない石壇《いしだん》があつて、其《それ》を下切《おりき》つた処《ところ》が宿《やど》の横《よこ》を流《なが》れる矢《や》を射《ゐ》るやうな谿河《たにがは》だつた。――驚《おどろ》いたのは、山《やま》が二《ふた》わかれの真中《まんなか》を、温泉宿《をんせんやど》を貫《つらぬ》いて流《なが》れる、其《そ》の川《かは》を、何時《いつ》の間《ま》に越《こ》へて、此《こ》の城趾《しろあと》の方《はう》へ来《き》たか少《すこ》しも覚《おぼ》えが無《な》い。
岸《きし》づたひに、岩《いは》を踏《ふ》んで後戻《あともど》りを為《し》て、橋《はし》の取着《とつゝき》の宿《やど》へ帰《かへ》つた、――此《これ》は前刻《さつき》渡《わた》つて、向《むか》ふ越《ごし》で、山路《やまみち》の方《はう》へ、あの婆《ばあ》さんの店《みせ》へ出《で》た橋《はし》だつた。
『お帰《かへ》りなさいまし。』
と向《むか》ふ廊下《らうか》から早足《はやあし》で、すた/\来懸《きかゝ》つた女中《ぢよちゆう》が一人《ひとり》、雪枝《ゆきえ》を見《み》て立停《たちと》まつた。
『御緩《ごゆつく》り様《さま》で、』と左側《ひだりがは》の、畳《たゝみ》五十畳《ごじふでふ》計《ばか》りの、だゞつ広《ぴろ》い帳場《ちやうば》、……真中《まんなか》に大《おほき》な炉《ろ》を切《き》つた、其《そ》の自在留《じざいとめ》の、ト尾鰭《をひれ》を刎《は》ねた鯉《こひ》の蔭《かげ》から、でつぷり肥《ふと》つた赤《あか》ら顔《がほ》を出《だ》して亭主《ていしゆ》が言《い》ふ。
『同伴《つれ》は帰《かへ》つたらうね。』と聞《き》いた時《とき》、雪枝《ゆきえ》は其《そ》の間違《まちがひ》の無《な》い事《こと》を信《しん》じながら、何《なん》だか胸《むね
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