ゞ》いたら、姿《すがた》が近《ちか》く戻《もど》るのだらう、――と誰《た》が言《い》ふともなく自分《じぶん》で安心《あんしん》して、益々《ます/\》以前《もと》の考《かんがへ》に耽《ふけ》つて居《ゐ》ると、榾《ほだ》を焚《た》くか、炭《すみ》を焼《や》くか、谷間《たにま》に、彼方此方《かなたこなた》、ひら/\、ひら/\と蒼白《あをじろ》い炎《ほのほ》が揚《あが》つた。
 思《おも》はず彫像《てうざう》を焼《や》いた暖炉《ストーブ》の火《ひ》に心着《こゝろづ》いて、何故《なぜ》か、急《きふ》に女《をんな》の身《み》が危《あや》ぶまれて来《き》た。
『お浦《うら》。』
と呼《よ》んだが返事《へんじ》をしない。
『お浦《うら》、お浦《うら》。』と言《い》つたが、返事《へんじ》を為《し》ない。雪枝《ゆきえ》最《も》うきよろ/\し出《だ》した、其《それ》で二足三足《ふたあしみあし》づゝ、前後左右《ぜんごさいう》を、ばた/\と行《い》つたり、来《き》たり……
 慌《あはたゞ》しく成《な》つて来《き》た。
 第一《だいいち》、お浦《うら》ばかりぢやない、其処《そこ》に居《ゐ》た婆《ばあ》さんも見《み》えなければ、其《それ》らしい店《みせ》もない。
 いや、これは可怪《おかし》いぞ。一人《ひとり》ばかり居《ゐ》ないのなら、女《をんな》が何《ど》うかしたのだらうが、店《みせ》も婆《ばあ》さんもなくなつた、とすると……前方《さき》が攫《さら》はれたのぢやなくつて、自分《じぶん》が魅《つま》まれたものらしい。
『おゝい、おゝい。』
と智恵《ちゑ》のない声《こゑ》をしながら、無暗《むやみ》に人《ひと》を呼《よ》んで、雪枝《ゆきえ》は山路《やまみち》を駆《かけ》づり廻《まは》つた。

         十四

「段々《だん/\》暗《くら》くなる、最《も》う目《め》は眩《くら》む、風《かぜ》が吹出《ふきだ》す。此《こ》の風《かぜ》は……昼間《ひるま》蒼《あを》く澄《す》んだ山《やま》の峡《かひ》から起《おこ》つて、障《さは》つて来《く》る樹《き》の枝《えだ》、岩角《いはかど》、谷間《たにあひ》に、白《しろ》い雲《くも》のちぎれて鳥《とり》の留《とま》るやうに見《み》えたのは未《ま》だ雪《ゆき》が残《のこ》つたのか、……と思《おも》ふほど横面《よこづら》を削《けづ》つて冷《つめ》たかつた。
『ま
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