》も、お製作《こしら》へに成《な》つたんですか。……あゝ、いや、鷺《さぎ》のお手際《てぎは》を見《み》たので分《わか》る。軒《のき》に振《ぶ》ら下《さが》つた獅子頭《しゝがしら》や、狐《きつね》の面《めん》など、どんな立派《りつぱ》なものだつたか分《わか》らない。が、其《それ》に気《き》が着《つ》く了見《れうけん》なら、こんな虚気《うつけ》な、――対手《あひて》が鬼《おに》にしろ、魔《ま》にしろ、自分《じぶん》の女房《にようばう》を奪《うば》はれる馬鹿《ばか》は見《み》ない。
 失礼《しつれい》ながら、そんなものは目《め》も留《と》めないで、
『采《さい》は無《な》いか。』
『お媼《ばあ》さん、あの、采《さい》はありませんか。』
と同伴《つれ》の婦《をんな》も聞《き》いたんです。」……
 双六巌《すごろくいは》で振《ふ》らうと云《い》ふ、よく考《かんが》へれば夢《ゆめ》のやうなことだつた。
『一六《いちろく》、三五《さんご》の釆粒《さいつぶ》かの、はい、ござります。』と隅《すみ》の壁《かべ》へ押着《おつゝ》けた、薬箪笥《くすりだんす》の古《ふる》びたやうな抽斗《ひきだし》を開《あ》けると、鼠《ねづみ》の屎《ふん》が、ぱら/\溢《こぼ》れる。其《そ》の中《なか》から、畳紙《たとうがみ》を出《だ》して、ころ/\と手《て》で揺《ゆす》りながら軒《のき》の明前《あかりさき》へ持《も》つて出《で》た。
『猪《ゐのしゝ》の牙《きば》で拵《こさ》へました、ほんに佳《い》い采《さい》でござります、御覧《ごらう》じまし。』と莞爾々々《にこ/\》しながら、掌《てのひら》を反《そ》らして載《の》せた処《ところ》を、二人《ふたり》で一個《ひとつ》づゝ取《と》つた。
 釆《さい》は珠《たま》のやうに見《み》えた。綺麗《きれい》に磨《みが》いたのが透通《すきとほ》るばかりに出来《でき》て、点々《ぽち/\》打《う》つた目《め》の黒《くろ》いのが、雪《ゆき》の中《なか》に影《かげ》の顕《あら》はれた、連《つらな》る山々《やま/\》、秀《ひい》でた峯《みね》、深《ふか》い谷《たに》のやうに不図《ふと》見《み》えた。
『可愛《かあい》ぢやありませんか。』
と同伴《つれ》の女《をんな》は一寸《ちよいと》摘《つま》んだが、掌《てのひら》へ据《す》え直《なほ》して、
『お媼《ばあ》さん、思《おも》ふ目《め》
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