《てあし》も痺《しび》れる、腰《こし》も立《た》たん。
が、助《たす》け出《だ》す筈《はづ》だつた女房《にようばう》を負《おぶ》つてなら……麓《ふもと》の温泉《をんせん》までは愚《おろか》な事《こと》、百里《ひやくり》、二百里《にひやくり》、故郷《こきやう》までも、東京《とうきやう》までも、貴様《きさま》の手《て》から救《すく》ふためには、飛《と》んでも帰《かへ》るつもりで居《ゐ》た。彫像《てうざう》一個《ひとつ》抱《だ》いて歩行《ある》くに持重《もちおも》りがして成《な》るものか! ……
何故《なぜ》、様《ざま》を見《み》ろ、可気味《いゝきみ》だ、と高笑《たかわら》ひをして嘲弄《てうろう》しない。俺《おれ》が手《て》で棄《す》てたは棄《す》てたが、船《ふね》へ彫像《てうざう》を投《な》げたのは、貴様《きさま》が蹴込《けこ》んだも同然《どうぜん》だい。」と握《にぎ》つた拳《こぶし》をぶる/\震《ふる》はす、唇《くちびる》は白《しろ》く戦《おのゝ》く。
老爺《ぢゞい》は遣瀬無《やるせな》い瞬《またゝき》して、
「芸《げい》もねえ、譫《あだ》けた事《こと》を言《い》はつしやるな。成程《なるほど》、船《ふね》を焼《や》いたは悪《わる》いけんど、蹴込《けこ》んだとは、何《なん》たる事《こと》だの。」
「おゝ、船《ふね》を焼《や》いたは貴様《きさま》だな。それ見《み》ろ、それ見《み》ろ。汝《うぬ》、魔物《まもの》。山猫《やまねこ》か、狒々《ひゝ》か、狐《きつね》か、何《なん》だ! 悪魔《あくま》、女房《にようばう》を奪《うば》つた奴《やつ》。せめて、俺《おれ》に、正体《しやうたい》を見《み》せてくれ。一生《いつしやう》の思出《おもひで》だ。さあ、のつぺらぱうか、目一《めひと》つか、汝《おのれ》其《そ》の真目《まじ》/\とした与一平面《よいちべいづら》は。眉《まゆ》なんぞ真白《まつしろ》に生《はや》しやがつて、分別《ふんべつ》らしく天窓《あたま》の禿《は》げたは何事《なにごと》だ。其《そ》の顱巻《はちまき》を取《と》れ、恍気《とぼけ》るな。」と目《め》が逆立《さかだ》つて、又《また》じり※[#二の字点、1−2−22]と詰寄《つめよ》る。
老爺《ぢゞい》は己《おの》が面《つら》を、ぺろりと一《ひと》つ撫下《なでさ》げた。
六
いや、様子《やうす》が
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