如何《いか》にも、我《わ》が顔《かほ》ながら不気味《ぶきみ》さうに見《み》えた。――眉《まゆ》を顰《ひそ》めて、
「ま、ま、少《わけ》え旦那《だんな》、落着《おちつ》かつせえ、気《き》を静《しづ》めさつせえまし。……魔物《まもの》だ、鬼《おに》だ喚《わめ》いて、血相《けつさう》を変《か》へてござる……何《ど》うも見《み》た処《ところ》、――未《ま》だ此《こ》の上《うへ》に逆上《のぼせあが》らつしやるなよ――何《ど》うやら取逆《とりのぼ》せて居《ゐ》さつしやるが、はて、」
と上下《うへした》、天守《てんしゆ》を七分《しちぶ》、青年《わかもの》を三分《さんぶ》に見較《みくら》べ、
「もの、此処《こゝ》さ城趾《しろあと》の、お天守《てんしゆ》へ上《あが》らつしやりは為《し》ねえかの。」
「為《し》ねえかぢや無《な》からう。昨夜《ゆふべ》貴様《きさま》に何処《どこ》で逢《あ》つた?」
「先《ま》づ、むゝ、其《それ》で分《わか》つた。」
「分《わか》つたか。いや昨夜《さくや》は失礼《しつれい》したよ、魔物《まもの》の隊長《たいちやう》。」
「はて、迷惑《めいわく》な、私《わし》う魔物《まもの》だと思《おも》はつしやる。」
「魔物《まもの》で無《な》くて、魔物《まもの》で無《な》くて、汝《おのれ》、五位鷺《ごゐさぎ》が漕出《こぎだ》して、濠《ほり》の中《なか》で自然《しぜん》に焼《や》ける……不思議《ふしぎ》な船《ふね》の持主《もちぬし》が有《あ》るものか。」
「成程《なるほど》、何《なに》も仔細《しさい》を知《し》らつしやらぬお前様《めえさま》は、様子《やうす》を見《み》ても、此処等《こゝら》の人《ひと》ではござらつしやらぬ。」
「那様《そん》な事《こと》を言《い》つて何《ど》うする、貴様《きさま》は奪《うば》つて行《い》つた俺《おれ》の女房《にようばう》の、町処《ちやうところ》まで知《し》つてるでは無《な》いか。」
「急《せ》かつしやるな。此《こ》の山裾《やますそ》の、双六温泉《すごろくをんせん》へ、湯治《たうぢ》に来《き》さつせえた人《ひと》だんべいの。」
「知《し》れた事《こと》を、貴様《きさま》がお浦《うら》を掴出《つかみだ》した、……あの旅籠屋《はたごや》に逗留《とうりう》して居《ゐ》る。」
「そんなら、はい、無理《むり》はねえだ。」
と莞爾《につこり》して、草鞋《
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