ちど》手《て》を取《と》つて、」
 戞然《からり》と、どき/\した小刀《こがたな》を投出《なげだ》す。
「其《そ》のお心《こゝろ》の失《う》せない内《うち》、早《はや》く小刀《こがたな》をお取《と》りなさいまし。……そんな事《こと》をおつしやつて、奥様《おくさま》は、今《いま》何《ど》うして居《ゐ》らつしやいます。」
 それを聞《き》くや、
「わつ、」と泣《な》いて、雪枝《ゆきえ》は横様《よこざま》に縋《すが》りついた、胸《むね》を突伏《つゝふ》せて、唯《たゞ》戦《おのゝ》く……
 徐《やを》ら、其《そ》の背《せ》を、姉《あね》がするやう掻撫《かいな》でながら、
「恁《か》う成《な》るのが定《さだ》まり事《ごと》、……人《ひと》の運《うん》は一《ひと》つづゝ天《てん》の星《ほし》に宿《やど》ると言《い》ひます。其《それ》と同《おな》じに日本国中《にほんこくちゆう》、何処《どこ》ともなう、或年《あるとし》或月《あるつき》或日《あるひ》に、其《そ》の人《ひと》が行逢《ゆきあ》はす、山《やま》にも野《の》にも、水《みづ》にも樹《き》にも、草《くさ》にも石《いし》にも、橋《はし》にも家《いへ》にも、前《まへ》から定《さだ》まる運《うん》があつて、花《はな》ならば、花《はな》、蝶《てふ》ならば、蝶《てふ》、雲《くも》ならば、雲《くも》に、美《うつく》しくも凄《すご》くも寂《さび》しうも彩色《さいしき》されて描《か》いてある…手《て》を取合《とりあ》ふて睦《むつ》み合《あ》ふて、もの言《い》つて、二人《ふたり》居《ゐ》られる身《み》ではない。
 唯《たゞ》形《かたち》ばかり、何時《いつ》何処《いづく》でも、貴方《あなた》が思《おも》ふ時《とき》、其処《そこ》に居《ゐ》る、念《ねん》ずる時《とき》直《す》ぐに逢《あ》へます、お呼《よ》び遊《あそ》ばせば参《まゐ》られます。
 早《は》や、小刀《こがたな》を……、小刀《こがたな》を……、」
「帰命頂礼《きみやうてうらい》、南無不可思議《なむふかしぎ》、帰命頂礼《きみやうてうらい》、南無不可思議《なむふかしぎ》。」
と唱《とな》へながら、老爺《ぢい》が拾《ひろ》つて渡《わた》した時《とき》、雪枝《ゆきえ》は犇《ひし》と小刀《こがたな》を取《と》つた。
「一刀一拝《いつたういつぱい》、拝《をが》め、頼《たの》め、念《ねん》じて、念《ねん
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