》じて、」
と励《はげ》まし教《をし》うるが如《ごと》くに老爺《ぢい》が言《い》ふ。
「姫《ひめ》、姫《ひめ》、」
と勇《いさ》ましく、
「疵《きづ》を附《つ》けたら、私《わたし》も死《し》ぬ。」
と熟《じつ》と見《み》て、小刀《こがたな》を取直《とりなほ》した。
美女《たをやめ》の姿《すがた》ありのまゝ、木彫《きぼり》の像《ざう》と成《な》つた時《とき》、膝《ひざ》に取《と》つて、雪枝《ゆきえ》は犇《ひし》と抱締《だきし》めて離《はな》し得《え》なんだ。
老爺《ぢい》が其《そ》の手《て》を曳《ひ》いて起《お》こして、さて、かはる/″\負《お》ひもし、抱《だ》きもして、嶮岨《けんそ》難処《なんしよ》を引返《ひきかへ》す。と二時《ふたとき》が程《ほど》に着《つ》いた双六谷《すごろくだに》を、城址《しろあと》までに、一夜《ひとよ》、山中《さんちゆう》に野宿《のじゆく》した。
其《そ》の夜《よ》の星《ほし》の美《うつく》しさ。
中《なか》にも山《やま》の端《は》に近《ちか》いのが、美女《たをやめ》の像《ざう》の額《ひたひ》を飾《かざ》つて輝《かゞや》いたのである。
翌朝《あけのあさ》、棟《むね》の雲《くも》の切《き》れ間《ま》を仰《あふ》いで、勇《いさ》ましく天守《てんしゆ》に昇《のぼ》ると、四階目《しかいめ》を上切《のぼりき》つた、五階《ごかい》の口《くち》で、フト暗《くら》い中《なか》に、金色《こんじき》の光《ひかり》を放《はな》つ、爛々《らん/\》たる眼《まなこ》を見《み》た、
一|目《め》見《み》て、
「やあ、祖父殿《おんぢいどん》が、」
と老爺《ぢい》が叫《さけ》ぶ、……其《それ》なるは、黄金《こがね》の鯱《しやち》の頭《かしら》に似《に》た、一個《いつこ》青面《せいめん》の獅子《しゝ》の頭《かしら》、活《い》けるが如《ごと》き木彫《きぼり》の名作《めいさく》。櫓《やぐら》を圧《あつ》して、のつしとあり。角《つの》も、牙《きば》も、双六谷《すごろくだに》の黒雲《くろくも》の中《なか》に見《み》た、其《それ》であつた。……
祖父《おほぢ》の作《さく》に、久《ひさ》しぶりの話《はなし》がある、と美女《たをやめ》の像《ざう》を受取《うけと》つて、老爺《ぢい》は天守《てんしゆ》に胡座《あぐら》して後《あと》に残《のこ》つた。時《とき》に、祖父《おほぢ》が我
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