て、焦《あせ》つてお悶《もだ》へ遊《あそ》ばすから、危《あぶな》いとは思《おも》ひながら、我儘《わがまゝ》おつしやる可愛《かあい》らしさに、謹慎《つゝしみ》もつひ忘《わす》れ、心《こゝろ》が乱《みだ》れて、よもやに曳《ひ》かされ、人間《にんげん》の采《さい》を使《つか》つたので、効《かひ》なく敵《かたき》に負《ま》けました。貴下《あなた》も、悪《わる》い、私《わたし》も悪《わる》い。
 あゝ、花《はな》も恁《か》う乱《みだ》れぬうち、雲《くも》の中《うち》から奥様《おくさま》を助《たす》け出《だ》し、こゝへ並《なら》べて、蝶《てふ》の蔭《かげ》から、貴下《あなた》の喜《よろこ》ぶ顔《かほ》を見《み》て、其《そ》の後《あと》で名告《なの》りたうごさんした。」
としめやかに朱唇《しゆしん》が動《うご》く、と花《はな》が囁《さゝや》くやうなのに、恍惚《うつとり》して我《われ》を忘《わす》れる雪枝《ゆきえ》より、飛騨《ひだ》の国《くに》の住人《じゆうにん》以《も》つての外《ほか》畏縮《ゐしゆく》に及《およ》んで、
「南無三宝《なむさんぽう》、あやまり果《は》てた。」と烏帽子《えばうし》を掻《か》いて猪頸《ゐくび》に窘《すく》む。
「いえ/\此《これ》も定《さだ》まる約束《やくそく》。……しかし、尚《な》ほ懐《なつか》しい。奥様《おくさま》を思切《おもひき》り、世《よ》を捨《す》てゝも私《わたし》の傍《そば》に命《いのち》をかけて居《ゐ》やうとおつしやる。其《そ》のお言葉《ことば》で奥様《おくさま》は救《すく》はれます……私《わたし》も又《また》命《いのち》にかけても、お望《のぞみ》を遂《と》げさせましやう。
 さあ、貴下《あなた》、あらためて、奥様《おくさま》を償《つくな》ふための、木彫《きぼり》の像《ざう》をお作《つく》り遊《あそ》ばせ、勝《すぐ》れた、優《まさ》つた、生命《いのち》ある形代《かたしろ》をお刻《きざ》みなさい。
 屹《きつ》と敵《かたき》に不足《ふそく》は言《い》はせぬ。花片《はなびら》を雪《ゆき》にかへて、魔物《まもの》の煩悩《ぼんなう》のほむらを冷《ひや》す、価値《ねうち》のあるのを、私《わたくし》が作《つく》らせませう、……お爺《ぢい》さん、」
と見返《みかへ》つて、
「貴翁《あなた》がお家《いへ》重代《じゆうだい》の、其《そ》の小刀《こがたな》を、
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