一所《ごいつしよ》にと思《おも》ふ心《こゝろ》が、我知《われし》らず形《かたち》に出《で》て、都《みやこ》の如月《きさらぎ》に雪《ゆき》の降《ふ》る晩《ばん》。其《そ》の雪《ゆき》は、故郷《ふるさと》から私《わたし》を迎《むかひ》に来《き》たものを、……帰《かへ》る気《き》は些《ちつと》も無《な》しに、貴下《あなた》の背《せな》に凭《より》かゝつて、二階《にかい》の部屋《へや》へ入《はい》りしなに、――貴下《あなた》のお父様《とうさま》が御覧《ごらん》の目《め》には、……急《きふ》に貴下《あなた》が大《おほ》きく成《な》つて、年《とし》ごろも対《つゐ》くらゐ、私《わたし》と二人《ふたり》が夫婦《ふうふ》のやうで熟《じつ》と抱合《だきあ》ふ形《かたち》に見《み》えて、……怪《あや》しい女《をんな》と、直《す》ぐに其《そ》の場《ば》で、暖炉《ストーブ》の灰《はい》にされましたが、戸《と》の外面《そとも》からひた/\寄《よ》る……迎《むか》ひの雪《ゆき》に煙《けむり》を包《つゝ》んで、月《つき》の下《した》を、旧《もと》の此《こ》の故郷《ふるさと》へ帰《かへ》りました。
 非情《ひじやう》のものが、恋《こひ》をした咎《とがめ》を受《う》けて、其《そ》の時《とき》から、唯《たゞ》一人《ひとり》で、今《いま》までも双六巌《すごろくいは》の番《ばん》をして、雨露《あめつゆ》に打《う》たれても、……貴下《あなた》の事《こと》が忘《わす》れられぬ。
 其《そ》の心《こゝろ》が通《つう》ずるのか、貴下《あなた》も年月《としつき》経《た》ち、日《ひ》が経《た》つても、私《わたし》の事《こと》をお忘《わす》れなさらず、昨日《きのふ》までも一昨日《おとゝひ》までも、思《おも》ひ詰《つ》めて居《ゐ》て下《くだ》さいましたが、奥様《おくさま》が出来《でき》たので、つひ余所事《よそごと》になさいました。
 それをお怨《うら》み申《まを》すのではない。嫉妬《ねたみ》も猜《そね》みもせぬけれど、……口惜《くちをし》い、其《それ》がために、敵《かたき》から仕事《しごと》の恥辱《ちじよく》をお受《う》け遊《あそ》ばす。……雲《くも》、花片《はなびら》の数《かず》を算《よ》めば、思《おも》ふまゝの乞目《こひめ》が出《で》て、双六《すごろく》に勝《か》てたのに、……唯《たゞ》一刻《いつこく》を争《あらそ》ふ
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