、背《せ》に頸《くび》にかゝつたまゝ、美女《たをやめ》は、手《て》を額《ひたひ》に当《あ》てゝ、双六盤《すごろくばん》に差俯向《さしうつむ》いて、ものゝ悩《なや》ましげな風情《ふぜい》であつた。
「お姫様《ひめさま》、」
と風《かぜ》に曲《ゆが》んだ烏帽子《えばうし》の紐《ひも》を結直《ゆひなお》したが、老爺《ぢい》の声《こゑ》も力《ちから》が無《な》かつた。
「姫様《ひいさま》。」
と膝行《いざ》り寄《よ》つて、……雪枝《ゆきえ》が伸上《のびあが》るやうに膝《ひざ》を支《つ》いて、其《そ》の袖《そで》のあたりを拝《をが》んだ。
「頼《たの》まれたのに、済《す》みません。」
二筋《ふたすぢ》三筋《みすぢ》、後毛《をくれげ》のふりかゝる顔《かほ》を上《あ》げて、青年《わかもの》の顔《かほ》を凝《じつ》と視《なが》めて、睫毛《まつげ》の蔭《かげ》に花《はな》の雫《しづく》、衝《つ》と光《ひか》つて、はら/\と玉《たま》の涙《なみだ》を落《おと》す。
老爺《ぢい》も鼻《はな》を詰《つま》らせた。
雪枝《ゆきえ》は身《み》を絞《しぼ》つて湧出《わきいづ》るやうに、熱《あつ》い、柔《やはらか》い涙《なみだ》が流《なが》れた。
「断念《あきら》めます、……断念《あきら》める……私《わたくし》はお浦《うら》を思切《おもひき》ります。何《ど》うぞ、其《そ》の代《かは》り、夢《ゆめ》でも可《い》い、夢《ゆめ》なら何時《いつ》までも覚《さ》めずに、私《わたくし》を此処《こゝ》に、貴女《あなた》の傍《そば》にお置《お》き下《くだ》さい。
貴下《あなた》、生効《いきが》ひのない私《わたくし》、罰《ばち》も当《あた》れ、死《し》んでも構《かま》はん。」
と前倒《まへたふ》しに身《み》を投《な》げて、犇《ひし》と美女《たをやめ》の手《て》に縋《すが》ると、振《ふ》りも払《はら》はず取添《とりそ》へて、
「雪様《ゆきさま》。」
と優《やさ》しく言《い》ふ。
「え、」
いや、老爺《ぢい》も驚《おどろ》くまいか。
獅子《しゝ》の頭《かしら》
四十六
「お懐《なつか》しい。私《わたし》は貴下《あなた》が七歳《なゝつ》の年紀《とし》、お傍《そば》に居《ゐ》たお友達《ともだち》……過世《すぐせ》の縁《えん》で、恋《こひ》しう成《な》り、いつまでも/\、御
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