《ごしやく》、仁王《にわう》の顔《かほ》を上《うへ》に二《ふた》つ下《した》に三《み》つ合《あ》はせたばかり、目《め》に余《あま》る大《おほき》さと成《な》つて、カチ/\と歯《は》の鳴《な》る時《とき》、鰐《わに》かと思《おも》ふ大口《おほぐち》を赫《くわつ》と開《ひら》いて、上頤《うはあご》を嘗《な》める舌《した》が赤《あか》い。
「騒《さわ》ぐまい、時々《とき/″\》ある……深山幽谷《しんざんいうこく》の変《へん》じや。少《わか》い人《ひと》、誰《たれ》の顔《かほ》も何《ど》の姿《すがた》も、何《ど》う変《かは》るか知《し》んねえだ! 驚《おどろ》くと気《き》が狂《くる》ふぞ、目《め》を塞《ふさ》いで踞《せぐゝま》れ、蹲《しやが》め、突伏《つゝふ》せ、目《め》を塞《ふさ》げい。」
と老爺《ぢい》が呼《よば》はる。
雪枝《ゆきえ》はハツと身《み》を伏《ふ》せて、巌《いは》に吸込《すひこ》まれるかと呼吸《いき》を詰《つ》めたが、胸《むね》の動悸《だうき》が、持上《もちあ》げ揺上《ゆりあ》げ、山谷《さんこく》尽《こと/″\》く震《ふる》ふを覚《おぼ》えた。
殷々《ゐん/\》として雷《らい》が響《ひゞ》く。
音《おと》の中《なか》に、
「切《き》らう!」
と思切《おもひき》つた美女《たをやめ》の、細《ほそ》い透《とほ》る声音《こはね》が、胸《むね》を抉《えぐ》つて耳《みゝ》を貫《つらぬ》く。
「何《なに》を、切《き》ればと言《い》ふて早《は》や今《いま》は……乞目《こひめ》!」
と誇立《ほこりた》つた坊主《ばうず》の声《こゑ》が響《ひゞ》いたが。
「やあ、勝《か》つた。」
と叫《さけ》んで、大音《だいおん》に呵々《から/\》と笑《わら》ふと斉《ひと》しく、空《そら》を指《さ》した指《ゆび》の尖《さき》へ、法衣《ころも》の裙《すそ》が衝《つ》と上《あが》つた、黒雲《くろくも》の袖《そで》を捲《ま》いて、虚空《こくう》へ電《いなづま》を曳《ひ》いて飛《と》ぶ。
と風《かぜ》の余波《なごり》に寂《しん》として、谷《たに》は瞬《またゝ》く間《ま》に、もとの陽炎《かげらふ》。
が、日《ひ》の光《ひか》りやゝ弱《よわ》く、衣《きぬ》のひた/\と身《み》に着《つ》く処《ところ》に、薄《うす》い影《かげ》が繊細《かほそ》くさして、散乱《ちりみだ》れた桜《さくら》の花《はな》の
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