》なげに見《み》えた。
 一《いち》が起《お》き、六《ろく》が出《い》で、三《さん》に変《かは》り、二《に》に飜《かへ》り、五《ご》が並《なら》ぶ。天《てん》に星《ほし》の輝《かゞや》く如《ごと》く、采《さい》の目《め》の疾《と》く、駒《こま》の烈《はげ》しく動《うご》くに連《つ》れて、中空《なかぞら》を見《み》よ、岫《しう》を湧《わ》き、谷《たに》を飛《と》ぶ、消《き》えた雲《くも》が残《のこ》り、続《つゞ》く雲《くも》が累《かさな》り、追《お》ふ雲《くも》が結着《むすびつ》いて、雲《くも》はやがて厚《あつ》く、雲《くも》はやがて濃《こ》く、既《すで》にして近《ちか》くなり、低《ひく》く成《な》つた。……
 忽《たちま》ち一片《いつぺん》、美女《たをやめ》の面《おもて》にも雲《くも》の影《かげ》が映《さ》すよと見《み》れば、一谷《ひとだに》は暗《くら》く成《な》つた。
 鋭《するど》き山颪《やまおろし》が颯《さ》と来《く》ると、舞下《まひさが》る雲《くも》に交《まじ》つて、漂《たゞよ》ふ如《ごと》く菫《すみれ》の薫《かほり》が※[#「火+發」、182−14]《ぱつ》としたが、拭《ぬぐ》ひ去《さ》つて、つゝと消《き》えると、電《いなづま》が空《くう》を切《き》つた。……坊主《ばうず》の法衣《ころも》は、大巌《おほいは》の色《いろ》の乱《みだ》れた双六《すごろく》の盤《ばん》を蔽《おほ》ふて、四辺《あたり》は墨《すみ》よりも蔭《かげ》が黒《くろ》い。
 ト暗夜《あんや》の如《ごと》き山懐《やまふところ》を、桜《さくら》の花《はな》は矢《や》を射《ゐ》るばかり、白《しろ》い雨《あめ》と散《ち》り灌《そゝ》ぐ。其《そ》の間《あひだ》をくわつと輝《かゞや》く、電光《いなびかり》の縫目《ぬいめ》から空《そら》を破《やぶ》つて突出《つきだ》した、坊主《ばうず》の面《つら》は物凄《ものすさま》しいものである……
 唯《と》見《み》れば、頭《かしら》に、無手《むづ》と一本《いつぽん》の角《つの》生《お》ひたり。顔面《がんめん》黒《くろ》く漆《うるし》して、目《め》の隈《くま》、鼻頭《はなづら》、透通《すきとほ》る紫陽花《あぢさゐ》に藍《あゐ》を流《なが》し、額《ひたひ》から頤《あぎと》に掛《か》けて、長《なが》さ三尺《さんじやく》、口《くち》から口《くち》へ其《そ》の巾《はゞ》五尺
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