が長《なが》いぞ。見《み》て居《ゐ》る内《うち》に斧《をの》の柄《え》が朽《く》ち、玉手箱《たまてばこ》が破《やぶ》れうも知《し》れぬが。少《わか》い人《ひと》、其《そ》の采《さい》を……其《そ》の采《さい》を出《だ》さつしやい。うつかり見惚《みと》れて私《わし》も忘《わす》れた。」
と目《め》の覚《さ》めたやうに老爺《ぢい》が言《い》つた。
 青年《わかもの》は疾《と》くから心着《こゝろづ》いて、仏舎利《ぶつしやり》のやうに手《て》に捧《さゝ》げて居《ゐ》たのを、密《そつ》と美女《たをやめ》の前《まへ》へ出《だ》した。
「一《ひと》つ振《ふ》つたり、」
と老爺《ぢい》が傍《かたはら》から、肝入《きもい》れして、采《さい》を盤石《ばん》に投《な》げさせた。
「お姫様《ひいさま》、それ/\、星《ほし》が一《ひと》つで、梅《うめ》が五《ご》ぢや。瞬《またゝき》する間《ま》に、十度《とたび》も目《め》が出《で》る。早《はや》く、もし、其《それ》で勝負《しようぶ》を着《つ》けさつせえまし。」
「天下《てんか》の重宝《ちやうほう》、私《わし》もつひ是《これ》に気《き》が着《つ》かなんだ。」
と坊主《ばうず》は手早《てばや》く拾《ひろ》ひ取《と》る。
「いえ、急《いそ》いでは成《な》りません、花《はな》の数《かず》、蝶《てふ》の数《かず》、雲《くも》の数《かず》で無《な》くつては。」と美女《たをやめ》は頭《かしら》を振《ふ》つた。
「えゝ、お姫様《ひいさま》の! 何《ど》うやら今《いま》までの乞目《こひめ》では、一度《いちど》に一年《いちねん》も懸《かゝ》りさうぢや。お庇《かげ》と私等《わしら》は飢《ひもじ》うも、だるうも無《な》けれど、肝心《かんじん》助《たす》け取《と》らうと云《い》ふ、奥様《おくさま》の身《み》をお察《さつ》しやれ。一息《ひといき》に血《ち》一点《ひとたらし》、一刻《いつこく》に肉《にく》一分《いちぶ》は絞《しぼ》られる、削《けづ》られる……天守《てんしゆ》の梁《うつばり》に倒《さかさま》で、身《み》の鞭《むち》に暇《ひま》はないげな。」
「其《そ》の通《とほ》り。」と傲然《がうぜん》として、坊主《ばうず》は身構《みがま》へ為《し》て袖《そで》を掲《かゝ》げた。

         四十五

 美女《たをやめ》の顔《かほ》の色《いろ》は早《は》や是非《ぜひ
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