《さぐ》つた、烏帽子《えぼうし》を丁《チヨン》と冠《かぶ》つて、更《あらた》めてづゝと出《で》た。
 美女《たをやめ》は密《そ》と鬢《びん》を圧《おさ》へた。
 声《こゑ》も出《だ》せぬ雪枝《ゆきえ》に代《かは》つて、老爺《ぢい》が始終《しゞう》を物語《ものがた》つた……
 坊主《ばうず》は、時々《とき/″\》眼《まなこ》を開《ひら》いて、聞澄《きゝすま》す美女《たをやめ》の横顔《よこがほ》を窺《うかゞ》ひ見《み》る。
「お姫様《ひめさま》、」
と語《かた》り果《は》てゝ老爺《ぢい》が呼《よ》んで、
「お助《たす》けを遣《つか》はされ、さあ、少《わか》い人《ひと》、願《ねが》へ。」
「姫様《ひいさま》、」
と雪枝《ゆきえ》は、窶《やつ》れに窶《やつ》れた人間《にんげん》の顔《かほ》して見上《みあ》げた。
「上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《じやうらう》どの、」と坊主《ばうず》も言足《いひた》す。
 美女《たをやめ》は引合《ひきあ》はせた袖《そで》を開《ひら》いた。而《そ》して、
「天守《てんしゆ》のお使者《つかひ》、天守《てんしゆ》のお使者《つかひ》。」
と二声《ふたこゑ》呼《よ》ばるゝ。
「やあ、拙僧《わし》が事《こと》か、」と、間《ま》を措《お》いて坊主《ばうず》が答《こた》へた。
「あの、其《そ》の指《ゆび》をお指《さ》しになれば、天守《てんしゆ》の方《かた》の、お心《こゝろ》が通《つう》じますかえ。」
「如何《いか》にも。」と片手《かたて》を握《にぎ》つて、片手《かたて》を其《そ》の蒼《あを》い頬《ほゝ》げたに並《なら》べて、横《よこ》に開《ひら》いて応《おう》じたのである。
「双六《すごろく》を打《う》つて賭《か》けませう。私《わたし》は其《そ》の他《ほか》の事《こと》は何《なん》にも知《し》らねば……而《そ》して、私《わたし》が負《ま》けましたら、其切《それきり》仕方《しかた》がありません。もし、あの、私《わたし》が勝《かち》となれば、此《こ》のお方《かた》の其《そ》の奥様《おくさま》を、恙《つゝが》なう、お戻《もど》しになりますやうに……お約束《やくそく》が出来《でき》ませうか。」
と物優《ものやさ》しいが力《ちから》ある声《こゑ》して聞《き》く。
 坊主《ばうず》は言下《ごんか》に空《くう》を指《さ》した。
「天守《てん
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