ゝ、二輪《にりん》、一輪《いちりん》、一輪《いちりん》、二輪《にりん》、空《そら》に蒔絵《まきゑ》した星《ほし》の如《ごと》く、浮彫《うきぼり》したやう並《なら》べられた。
 美女《たをやめ》は、やゝ俯向《うつむ》いて、其《そ》の駒《こま》を熟《じつ》と視《なが》める風情《ふぜい》の、黒髪《くろかみ》に唯《たゞ》一輪《いちりん》、……白《しろ》い鼓草《たんぽゝ》をさして居《ゐ》た。此《こ》の色《いろ》の花《はな》は、一谷《ひとたに》に他《ほか》には無《な》かつた。
 軽《かる》く其《そ》の黒髪《くろかみ》を戦《そよ》がしに来《く》る風《かぜ》もなしに、空《そら》なる桜《さくら》が、はら/\と散《ち》つたが、鳥《とり》も啼《な》かぬ静《しづ》かさに、花片《はなびら》の音《おと》がする……一片《ひとひら》……二片《ふたひら》……三片《みひら》……
「三《みツ》つ」と鶯《うぐひす》のやうな声《こゑ》、袖《そで》のあたりが揺《ゆ》れたと思《おも》へば、蝶《てふ》が一《ひと》ツひら/\と来《き》て、磐《ばん》の上《うへ》をすつと行《ゆ》く……
「一《ひと》つ、」
と美女《たをやめ》は又《また》算《かぞ》へて、鼓草《たんぽゝ》の駒《こま》を取《と》つて、格子《かうし》の中《なか》へ、……菫《すみれ》の花《はな》の色《いろ》を分《わ》けて、静《しづか》に置替《おきか》へながら、莞爾《につこ》と微笑《ほゝゑ》む。……
 気高《けだか》い中《なか》に其《そ》の優《やさ》しさ。
「は、」と、思《おも》はず雪枝《ゆきえ》は、此方《こなた》に潜《ひそ》みながら押堪《おしこら》へた息《いき》が発奮《はづ》んだ。
「誰《たれ》? ……」
と美女《たをやめ》の声《こゑ》が懸《かゝ》る。
 老爺《ぢい》は咳《しはぶき》を一《ひと》つ故《わざ》として、雪枝《ゆきえ》の背中《せなか》を丁《とん》と突出《つきだ》す。これに押出《おしだ》されたやうに、蹌踉《よろめ》いて、鼓草《たんぽゝ》菫《すみれ》の花《はな》を行《ゆ》く、雲《くも》踏《ふ》む浮足《うきあし》、ふらふらと成《な》つたまゝで、双六《すごろく》の前《まへ》に渠《かれ》は両手《りやうて》を支《つ》いて跪《ひざまづ》いたのであつた。
 坊主《ばうず》は懐中《ふところ》の輪袈裟《わげさ》を取《と》つて懸《か》け、老爺《ぢい》は麻袋《あさふくろ》を探
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