水《みづ》が曲《まが》る、又《また》一《ひと》つ峯《みね》が抽出《ぬきで》て居《を》る。あの空《そら》が紫立《むらさきだ》つてほんのり桃色《もゝいろ》に薄《うす》く見《み》えべい。――麻袋《あさふくろ》には昼飯《ひるめし》の握《にぎ》つた奴《やつ》、余《あま》るほど詰《つ》めて置《お》く、ちやうど僥幸《さいはひ》、山《やま》の芋《いも》を穿《ほ》つて横噛《よこかじ》りでも一日《いちにち》二日《ふつか》は凌《しの》げるだ。遣《や》りからかせ、さあ、ござい。少《わか》い人《ひと》。……お前様《めえさま》、其《そ》の采《さい》を拾《ひろ》はつしやい。御坊《ごばう》、』
『乗《の》りかゝつた船《ふね》ぢや、私《わし》も行《ゆ》く。……』
 で、連立《つれだ》つて、天守《てんしゆ》の森《もり》の外《そと》まはり、壕《ほり》を越《こ》えて、少時《しばらく》、石垣《いしがき》の上《うへ》を歩行《ある》いた。
 爾時《そのとき》、十八九人《じふはつくにん》の同勢《どうぜい》が、ぞろ/\と野《の》を越《こ》えて駆《か》けて来《き》た。中《なか》には巡査《じゆんさ》も交《まじ》つたが、早《は》や壕《ほり》の向《むか》ふの高《たか》い石垣《いしがき》の上《うへ》に、森《もり》の枝《えだ》を伝《つた》ふ躰《てい》の雪枝《ゆきえ》の姿《すがた》を、小《ちひ》さな鳥《とり》に成《な》つて、雲《くも》に入《い》り行《ゆ》く、と視《なが》めたであらう。……
 手《て》を挙《あ》げ、帽《ばう》を振《ふ》り、杖《ステツキ》を廻《ま》はしなどして、わあわつと声《こゑ》を上《あ》げたが、其《そ》の内《うち》に、一人《ひとり》、草《くさ》に落《おち》た女《をんな》の片腕《かたうで》を見《み》たものがある。それから一溜《ひとたま》りもなく裏崩《うらくづ》れして、真昼間《まつぴるま》の山《やま》の野原《のばら》を、一散《いつさん》に、や、雲《くも》を霞《かすみ》。
 森《もり》の幕《まく》が颯《さつ》と落《お》ちて、双六谷《すごろくだに》が舞台《ぶたい》の如《ごと》く眼前《めのまへ》に開《ひら》かれたやうに雪枝《ゆきえ》は思《おも》つた。……悪処《あくしよ》難路《なんろ》を辿《たど》りはしたが、然《さ》まで時《とき》が経《た》つたとも思《おも》はず、別《べつ》に其《それ》が為《ため》に、と思《おも》ふ疲労《つか
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