い》の上《うへ》で蓋《ふた》するやうに、老爺《ぢい》は眉《まゆ》の下《した》へ手《て》を翳《かざ》して、
『ちよつくら気《き》が着《つ》いた事《こと》がある、待《ま》たつせえ、御坊《ごばう》……』
『…………、』
『少《わか》い人《ひと》も何《ど》う思《おも》ふ。お前様《めえさま》が小児《こども》の時《とき》、姉様《あねさま》にして懐《なつ》かしがらしつたと言《い》ふ木像《もくざう》から縁《えん》を曳《ひ》いて、過日《こないだ》奥様《おくさま》の行方《ゆきがた》が分《わか》らなく成《な》つた時《とき》から廻《まは》り繞《めぐ》つて、釆粒《さいつぶ》が着《つ》き絡《まと》ふ、今《いま》此処《こゝ》に采《さい》がある……此《こ》の山奥《やまおく》に双六《すごろく》の巌《いは》がある。其処《そこ》も魔所《ましよ》ぢやと名《な》が高《たか》い。時々《とき/″\》山《やま》が空《くう》に成《な》つて寂《しん》とすると、ころころと采《さい》を投《な》げる音《おと》が木樵《きこり》の耳《みゝ》に響《ひゞ》くとやら風説《ふうせつ》するで。天守《てんしゆ》にも主人《あるじ》があれば双六巌《すごろくいは》にも主《ぬし》が棲《す》まう……どちらも膚合《はだあひ》の同《おな》じ魔物《まもの》が、疾《はえ》え話《はなし》が親類附合《しんるゐつきあひ》で居《ゐ》やうも知《し》れぬだ。魔界《まかい》は又《また》魔界《まかい》同士《どうし》、話《はなし》の附《つ》け方《かた》もあらうと思《おも》ふ、何《ど》うだね、御坊《ごばう》。』
 坊主《ばうず》も二三度《にさんど》頷《うなづ》いた。で、深《ふか》く其《そ》の広《ひろ》い額《ひたひ》を伏《ふ》せた。
『いや、可《い》い処《ところ》に気《き》が着《つ》いた、……何《なん》にせい、此《こ》の上《うへ》は各々《おの/\》我《が》を張《は》らずに人頼《ひとだの》みぢや。頼《たの》むには、成程《なるほど》其《そ》の辺《へん》であらうかな。』
『行《い》つて見《み》べい。方角《はうがく》は北東《きたひがし》、槍《やり》ヶ|嶽《だけ》を見当《けんたう》に、辰巳《たつみ》に当《あた》つて、綿《わた》で包《つゝ》んだ、あれ/\天守《てんしゆ》の森《もり》の枝下《えださが》りに、峯《みね》が見《み》える、水《みづ》が見《み》える、又《また》峯《みね》が見《み》えて
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