頼《たの》まれたばかりの事《こと》よ。何《なに》も喰《く》つて懸《かゝ》るには当《あた》らなんだか。……又《また》お前様《めえさま》とても何《なに》もこれ、此《こ》の少《わか》い人《ひと》に怨《うらみ》も恩《おん》も報《むくひ》もあらつしやる次第《しだい》でねえ。……処《ところ》でものは相談《さうだん》ぢやが、何《なん》とかして、其《そ》の奥様《おくさま》を助《たす》けると言《い》ふ工夫《くふう》はねえだか、のう、御坊《ごばう》、人助《ひとだす》けは此方《こなた》の勤《つとめ》ぢや、一《ひと》つ折入《をりい》つて頼《たの》むだで、勘考《かんかう》してくらつせえ。』とがらりと出直《でなほ》る。

         四十二

 これを聞《き》くと、然《さ》もあらむ、と言《い》ふ面色《おもゝち》した坊主《ばうず》の気色《きしよく》やゝ和《やわ》らいで、
『然《さ》れば、然《さ》う言《い》はれると私《わし》も弱《よわ》る。天守《てんしゆ》からは、よく捌《さば》け、最早《もは》や婦《をんな》を思《おも》ひ切《き》るやう少《わか》い人《ひと》を悟《さと》せとある……御身達《おみたち》は生命《いのち》に代《か》へても取戻《とりもど》したいと断《た》つて言《い》ふ。
 で、其《それ》を取戻《とりもど》す唯一《たゞひと》つの手段《てだて》と言《い》ふのが、償《つくな》ひの像《ざう》を作《つく》るにある、其《そ》の像《ざう》が、御身《おみ》たちに、』
『えゝ、えゝ、最《も》う、能《よ》う分《わか》つた。何《なん》ぼ私《わし》が顱巻《はちまき》しても、血《ち》の通《かよ》ふ、暖《あたゝか》い彫刻物《ほりもの》は覚束《おぼつか》ないで、……何《なん》とか別《べつ》の工夫《くふう》を頼《たの》むだ、最《も》う此《こ》なものは、』と手《て》にした腕《かひな》を、思切《おもひき》つたしるしに、擲《たゝきつ》けやうとして揮上《ふりあ》げた、……其《そ》の拳《こぶし》を漏《も》れて、ころ/\と采《さい》が溢《こぼ》れて。一《いち》か六《ろく》か、草《くさ》の中《なか》に、ぽつりと蟋蟀《こほろぎ》の目《め》に留《とま》んぬ。
 三人《さんにん》が熟《じつ》と視《なが》めた。
 坊主《ばうず》が先《ま》づ、
『老爺《おやぢ》……』と心《こゝろ》ありげに呼《よ》んだ。
『はあ、是《これ》ぢや、』
と采《さ
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