》ふなら、自分《じぶん》に其《それ》を女房《にようぼう》のかはりにして、断念《あきら》めるが分別《ふんべつ》の為処《しどころ》だ。見事《みごと》だ、美《うつくし》いと敵手《あひて》を強《し》ゆるは、其方《そつち》の無理《むり》ぢや、分《わか》つたか。』
と衝《つ》と指《ゆび》を上《あ》げて雲《くも》を指《さ》した。
『天守《てんしゆ》の主人《あるじ》の言托《ことづけ》は此《こ》の通《とほ》り。更《あらた》めて其《そ》の印《しるし》を見《み》せう、……前刻《さきに》も申《まを》した、鮫膚《さめはだ》の縮毛《ちゞれけ》の、醜《みにく》い汚《きたな》い、木像《もくざう》を、仔細《しさい》ありげに装《よそほ》ふた、心根《こゝろね》のほどの苦々《にが/\》しさに、へし折《を》つて捻切《ねぢき》つた、女《をんな》の片腕《かたうで》、今《いま》返《かへ》すわ、受取《うけと》れ。』
と法衣《ころも》の破目《やぶれめ》を潜《くゞ》らす如《ごと》く、懐《ふところ》から抜《ぬ》いて、ポーンと投出《なげだ》す。
 途端《とたん》に又《また》指《ゆび》を立《た》てつゝ、足《あし》を一巾《ひとはゞ》、坊主《ばうず》が退《さが》つた。孰《いづれ》も首垂《うなだ》れた二人《ふたり》の中《なか》へ、草《くさ》に甲《かう》をつけて、あはれや、其《それ》でも媚《なまめ》かしい、優《やさ》しい腕《かひな》が仰向《あふむ》けに落《お》ちた。
 雪枝《ゆきえ》は唯《たゞ》肩《かた》を抱《いだ》いて身《み》を絞《しぼ》つた。
 老爺《ぢい》は、さすがに、まだ気丈《きじやう》で、対手《あひて》が然《さ》までに、口汚《くちぎたな》く詈《ののし》り嘲《あざ》ける、新弟子《しんでし》の作《さく》の如何《いか》なるかを、はじめて目前《まのあたり》験《ため》すらしく、横《よこ》に取《と》つて熟《じつ》と見《み》て、弱《よわ》つたと言《い》ふ顰《ひそ》み方《かた》で、少時《しばらく》ものも言《い》はなんだ。薄《うす》うは成《な》つたが、失《う》せ果《は》てない、底光《そこひかり》のする目《め》を細《ほそ》うして、
『いや、御出家《ごしゆつけ》。』
と調子《てうし》を変《か》へて……
『虫《むし》の居所《ゐどころ》で赫《くわつ》とも為《し》たがの、考《かんが》えて見《み》れば、お前様《めえさま》は、唯《たゞ》言托《ことづけ》を
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