》ふか、』
『血《ち》が通《かよ》ふだ?』と聞返《きゝかへ》す。
『然《さ》ればよ、針《はり》の尖《さき》で突《つ》いても生命《いのち》を絞《しぼ》る、其《そ》の、あの人間《にんげん》の美《うつく》しい血《ち》が通《かよ》ふかな。』
『…………』と老爺《ぢい》の眉《まゆ》がはじめて顰《ひそ》む。

         四十一

 黒坊主《くろばうず》は嵩《かさ》に懸《かゝ》つて、
『まだ聞《き》きたい。御身《おみ》が作《さく》の其《そ》の膚《はだ》は滑《なめら》かぢやらう。が、肉《にく》はあるか、手《て》に触《ふ》れて暖味《あたゝかみ》があるか、木像《もくざう》の身《み》は冷《つめ》たうないか。』
『はてね、』と問《とひ》を怪《あやし》む中《なか》に、些《ち》とひるんだのが、頬《ほ》に出《い》づる。
『第一《だいゝち》肝要《かんえう》なは口《くち》を利《き》くかな、御身《おみ》の作《さく》は声《こゑ》を出《だ》すか、ものを言《い》ふかな。』
『馬鹿《ばか》な事《こと》を、無理無躰《むりむたい》ぢや。』
と呆果《あきれは》てた様子《やうす》であつた。
『理《り》も非《ひ》もない。はじめから人《ひと》の妻《つま》を掴《つか》み取《と》つてものを云《い》ふ、悪魔《あくま》の所業《しわざ》ぢや、無理《むり》も無躰《むたい》も法外《ほふぐわい》の沙汰《さた》と思《おも》へ。
 此所《こゝ》を聞《き》けよ、二人《ふたり》の人《ひと》。……御身達《おみたち》が、言《い》ふ通《とほ》り、今《いま》新《あたら》しく遣直《やりなほ》せば、幾干《いくら》か勝《すぐ》れたものは出来《でき》やう、がな、其《それ》は唯《たゞ》前《まへ》のに較《くら》べて些《ち》と優《まさ》ると言《い》ふばかりぢや。
 其《それ》も可《よ》からう、何《なに》も持《も》たぬ、空《むな》しい乏《とぼ》しいものに取《と》つたら、御身達《おみたち》が作《つく》り更《あらた》めると云《い》ふ其《そ》の木像《もくざう》でも、無《な》いよりは増《ま》しぢや、品《しな》に因《よ》つて、美《うつく》しいとも、珍《めづ》らしいとも思《おも》はうも知《し》れぬ。
 けれどもな、天守《てんしゆ》の主人《あるじ》は、最《も》う手《て》の内《うち》に、活《い》きた、生命《いのち》ある、ものを言《い》ふ、血《ち》の通《かよ》ふ、艶麗《あでやか
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