前様《めえさま》、五位鷺《ごゐさぎ》の船頭《せんどう》ぢや……狸《たぬき》の拵《こさ》へた泥船《どろぶね》より、まだ/\危《あぶな》いのは知《し》れた事《こと》を。」
五
目《め》が覚《さ》めた、と言《い》ふでもなしに、少時《しばらく》すると、青年《わかもの》の瞳《ひとみ》は稍《やゝ》定《さだ》まつた。
「何《なに》、心配《しんぱい》には及《およ》ばん、船《ふね》に居《ゐ》たのは活《い》きた人間《にんげん》では無《な》いのだから。」
木樵躰《きこりてい》の件《くだん》の老爺《ぢゞい》は、没怪《もつけ》な顔《かほ》して、
「や、活《い》きた人間《にんげん》で無《な》うて何《なん》でがす……死骸《しがい》かね、お前様《めえさま》。」
「死骸《しがい》は酷《ひど》い。……勿論《もちろん》、魔物《まもの》に突返《つゝかへ》されて、火葬《くわさう》に成《な》つた奴《やつ》だから、死骸《しがい》も同然《どうぜん》なものだらう。ものだらうが、私《わたし》の気《き》ぢや死骸《しがい》ではなかつた。生命《いのち》のある、価値《ねうち》のある、活《い》きたものゝ積《つも》りだつた。老爺《ぢい》さん、今《いま》のは、彼《あれ》は、木像《もくざう》だ、製作《つく》つた木彫《きぼり》の婦《をんな》なんだ。」
「木彫《きぼり》の? はて、」
と腕《うで》を組《く》んで、
「えい、其《それ》は又《また》、変《かは》つたもんだね。船《ふね》と一所《いつしよ》に焼《や》けたものは、活《い》きた人《ひと》で無《な》うて、私《わし》先《ま》づ安堵《あんど》をしたでがすが、木彫《きぼり》だ、と聞《き》けば尚《なほ》魂消《たまげ》る……豪《えれ》え見事《みごと》な、宛然《まるで》生身《しやうじん》のやうだつけの。背後《うしろ》の野原《のはら》さ出《で》て見《み》た処《ところ》で、肝玉《きもたま》の宿替《やどがへ》した。――あれ一面《いちめん》の霞《かすみ》の中《なか》、火《ひ》と煙《けむり》に包《つゝ》まれて、白《しろ》い手足《てあし》さびいく/\為《し》ながら、濠《ほり》の石垣《いしがき》へ掛《か》けて釣《つる》し上《あ》がるやうに見《み》えたゞもの。地獄《ぢごく》の釜《かま》の蓋《ふた》を取《と》つて、娑婆《しやば》へ吹上《ふきあ》げた幻燈《うつしゑ》か思《おも》ふたよ。
尋
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