には何《なに》も目《め》に着《つ》いたものは無《な》かつたに因《よ》つて――尚《な》ほ此《こ》の上《うへ》か、と最一《もうひと》ツ五階《ごかい》へ上《のぼ》つて見《み》た。様子《やうす》は知《し》れた。』
と頷《うなづ》いて言《い》つた。
『何《なに》が、何者《なにもの》が居《ゐ》るんだ。』と雪枝《ゆきえ》は苛立《いらだ》つて犇《ひし》と詰寄《つめよ》る。
遮《さへぎ》る如《ごと》く斜《しや》に構《かま》へて、
『いや、何《なに》か分《わか》らん、ものは見《み》えん。が、五階《ごかい》へ上《のぼ》り切《き》つて、堅《かた》い畳《たゝみ》の上《うへ》に立《た》つた。冷《つめた》い風《かぜ》が冷《ひや》りと来《く》ると、左《ひだり》の腕《うで》がびくりと動《うご》く、と引立《ひつた》てたやうに、ぐいと上《あが》つて、人指指《ひとさしゆび》がぶる/″\と振《ふる》ふとな、何《なに》かゞ口《くち》を利《き》くと同《おな》じに、其《そ》の心《こゝろ》が耳《みゝ》に通《つう》じた。……
天守《てんしゆ》の主人《あるじ》は、御身《おみ》が内儀《ないぎ》の美艶《あでやか》な色《いろ》に懸想《けさう》したのぢや。理《り》も非《ひ》もない、業《ごふ》の力《ちから》で掴取《つかみと》つて、閨《ねや》近《ちか》く幽閉《おしこ》めた。従類《じうるゐ》眷属《けんぞく》寄《よ》りたかつて、上《あ》げつ下《お》ろしつ為《し》て責《せ》め苛《さいな》む、笞《しもと》の呵責《かしやく》は魔界《まかい》の清涼剤《きつけ》ぢや、静《しづか》に差置《さしお》けば人間《にんげん》は気病《きやみ》で死《し》ぬとな……
言《い》ふまでもない肉《にく》を屠《ほふ》つて其《そ》の血《ち》を啜《すゝ》るに仔細《しさい》はないが、夫《をつと》は香村雪枝《かむらゆきえ》とか。天晴《あつぱ》れ一芸《いちげい》のある効《かひ》に、其《そ》の術《わざ》を以《もつ》て妻《つま》を償《あがな》へ! 魔神《まじん》を慰《なぐさ》め楽《たの》しますものゝ、美女《びじよ》に代《か》へて然《しか》るべきなら立処《たちどころ》に返《かへ》し得《え》さする。――
可《い》いかな、此《こ》の心《こゝろ》は早《は》や御身《おみ》が内儀《ないぎ》に、私《わし》が頼《たの》まれて、御身《おみ》に伝《つた》へた。』
四十
『
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