《も》むのが、主《ぬし》たち道徳《だうとく》の役《やく》だんべい、押死《おつち》んだ魂《たましひ》さ導《みちび》くも勤《つとめ》なら、持余《もてあま》した色恋《いろこひ》の捌《さばき》を着《つ》けるも法《ほふ》ではねえだか、の、御坊《ごばう》。』
『然《さ》ればな……いや口《くち》の減《へ》らぬ老爺《ぢゞい》、身勝手《みがつて》を言《い》ふが、一理《いちり》ある。――処《ところ》でな、あの晩《ばん》四《よ》つ手網《であみ》の番《ばん》をしたが悪縁《あくえん》ぢや、御身《おみ》が言《い》ふ通《とほ》り色恋《いろこひ》の捌《さばき》を頼《たの》まれた事《こと》と思《おも》へ。
別《べつ》ではない、此《こ》の少《わか》い人《ひと》の内儀《ないぎ》の事《こと》でな、』
雪枝《ゆきえ》は屹《きつ》と向直《むきなほ》つた。
流盻《しりめ》に掛《か》けつゝ尚《な》ほ老爺《ぢい》に、
『……其《そ》の夜《よ》、夢幻《ゆめまぼろし》のやうに言托《ことづけ》を頼《たの》まれて、采《さい》を験《しるし》に受取《うけと》つたは、さて此方衆《こなたしゆ》知《し》つての通《とほ》りだ。――頼《たの》まれた事《こと》は手廻《てまは》しに用済《ようず》みと成《な》つたでな、翌朝《あけのあさ》直《すぐ》にも、此処《こゝ》を出発《しゆつぱつ》と思《おも》ふたが、何《なに》か気《き》に成《な》る……温泉宿《おんせんやど》、村里《むらざと》を托鉢《たくはつ》して、何《なに》となく、ふら/\と日《ひ》を送《おく》つた。其《そ》の様子《やうす》を聞《き》けば、私《わし》が言托《ことづけ》を為《し》た通《とほ》り、何《なに》か、内儀《ないぎ》の形代《かたしろ》を一心《いつしん》に刻《きざ》むと聞《き》く、……其《それ》が成就《じやうじゆ》したと言《い》ふ昨夜《ゆふべ》ぢや。少《わか》い人《ひと》が人形《にんぎやう》を運《はこ》んで行《ゆ》く後《あと》になり前《さき》になり、天守《てんしゆ》へ入《はい》つて四階目《しかいめ》へ上《のぼ》つた、処《ところ》、柱《はしら》の根《ね》に其《そ》の木像《もくざう》を抱緊《だきし》めて、死《し》んだやうに眠《ねむ》つて居《を》る。
はてな、内儀《ないぎ》を未《ま》だ返《かへ》さぬか、一体《いつたい》どんな魔物《まもの》が棲《す》むぞ。――其処《そこ》へ行《ゆ》くまで
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