》に逸《はや》つて、うか/\と老爺《ぢい》の口《くち》に乗《の》らぬが可《い》い。……其《そ》の気《き》で城趾《しろあと》に根《ね》を生《はや》いて、天守《てんしゆ》と根較《こんくら》べを遣《や》らうなら、御身《おみ》は蘆《あし》の中《なか》の鉋屑《かんなくづ》、蛙《かへる》の干物《ひもの》と成果《なりは》てやうぞ……此《この》老爺《ぢい》はなか/\術《て》がある! 蝙蝠《かはほり》を刻《きざ》んで飛《と》ばせ、魚《うを》を彫《ほ》つて泳《およ》がせる代《かはり》には、此《こ》の年紀《とし》をして怪《け》しからず、色気《いろけ》がある、……あるは可《い》いが、汝《うぬ》が身《み》で持余《もてあ》ました色恋《いろこひ》を、ぬつぺりと鯰抜《なまづぬ》けして、人《ひと》にかづけやうとするではないか。城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の暗夜《やみ》を思《おも》へ!
 何《なに》か、自分《じぶん》に此《こ》の天守《てんしゆ》の主人《あるじ》から、手間賃《てまちん》の前借《まへがり》をして居《を》つて、其《そ》の借《かり》を返《かへ》す羽目《はめ》を、投遣《なげや》りに怠惰《なまけ》を遣《や》り、格合《かくかう》な折《をり》から、少《わか》いものを煽《あふ》り立《た》つて、身代《みがは》りに働《はたら》かせやう気《き》かも計《はか》られぬ。』
『これ、これ、御坊《ごばう》、御坊《ごばう》、』と言《い》つて締《しま》つた口《くち》を尖《とが》らかす。
 相対《あひたひ》する坊主《ばうず》の口《くち》は、三日月形《みかづきなり》に上《うへ》へ大《おほ》きい、小鼻《こばな》の条《すぢ》を深《ふか》く莞《にや》つて、
『いや、暗《やみ》の夜《よ》を忘《わす》れまい。沼《ぬま》の中《なか》へ当《あて》の無《な》い経《きやう》読《よ》ませて、斎非時《ときひじ》にとて及《およ》ばぬが、渋茶《しぶちや》一《ひと》つ振舞《ふるま》はず、既《すん》での事《こと》に私《わし》は生涯《しやうがい》坊主《ばうず》の水車《みづぐるま》に成《な》らうとした。』
『む、まづ出家《しゆつけ》の役《やく》ぢや……断念《あきら》めさつしやい。然《さ》う又《また》一慨《いちがい》に説法《せつぽふ》されては、一言《いちごん》もねえ事《こと》よ。……けんども、やきもきと精出《せいだ》いて人《ひと》の色恋《いろこひ》で気《き》を揉
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