、五体《ごたい》が満足《まんぞく》な彫刻物《ほりもの》であつたらば、真昼間《まつぴるま》、お前様《めえさま》と私《わし》とが、面《つら》突合《つきあ》はせた真中《まんなか》に置《お》いては動出《うごきだ》しもすめえけんども、月《つき》の黄色《きいろ》い小雨《こさめ》の夜中《よなか》、――主《ぬし》が今《いま》話《はな》さしつた、案山子《かゝし》が歩行《ある》く中《なか》へ入《い》れたら、ひとりで褄《つま》を取《と》つて、しやなら、しやならと行《や》るべい。何《なに》も、破《やぶ》れ傘《がさ》の化《ば》け車《ぐるま》に骨《ほね》を折《を》らせて運《はこ》ばせずと済《す》む事《こと》よ。平時《いつも》なら兎《と》も角《かく》ぢや、お剰《まけ》に案山子《かゝし》どもが声《こゑ》を出《だ》いて、お迎《むか》ひ、と言《い》ふ世界《せかい》なら、第一《だいゝち》お前様《めえさま》が其《そ》の像《ざう》を担《かつ》いで出《で》る法《ほふ》はあるめえ。何《なん》ではい、歩行《ある》け、さあ、木像《もくざう》、と言《い》ふ腹《はら》に成《な》らしやらぬ。……
其《それ》では魔物《まもの》が不承知《ふしようち》ぢや。前方《さき》に些《ちつ》とも無理《むり》はねえ、気《き》に入《い》るも入《い》らぬもの……出来《でき》不出来《ふでき》は最初《せえしよ》から、お前様《めえさま》の魂《たましひ》にあるでねえか。
其処《そこ》へ懸《か》けては我等《わしら》が鮒《ふな》ぢや。案山子《かゝし》が簑《みの》を捌《さば》いて捕《と》らうとするなら、ぴち/\刎《は》ねる、見事《みごと》に泳《およ》ぐぞ。老爺《ぢい》が広言《くわうげん》を吐《は》くではねえ。何《なん》の、橋《はし》の欄干《らんかん》が声《こゑ》を出《だ》す、槐《えんじゆ》が嚏《くしやみ》をすべいなら、鱗《うろこ》を光《ひか》らし、雲《くも》を捲《ま》いて踊《をどり》を踊《をど》らう。
遣直《やりなほ》さつしやい、新《あらた》にはじめろ、最一《まひと》つ作《つく》れさ。
何《ど》うやらお前様《めえさま》より増《まし》だんべいで、出来《でき》る事《こと》さ助言《じよごん》も為《し》べい、為《し》て可《い》い処《ところ》は手伝《てつだ》ふべい。
腰《こし》につけて道具《だうぐ》も揃《そろ》ふ。』
と箙《えびら》の如《ごと》く、麻袋《あ
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