雪枝《ゆきえ》は、浮脂《きら》の上《うへ》に、明《あきら》かに自他《じた》の優劣《いうれつ》の刻《きぎ》み着《つ》けられたのを悟得《さとりえ》て、思《おも》はず……
『はつ、』と歎息《たんそく》した。
 老爺《ぢい》は、もつぺの膝《ひざ》の小刀屑《こがたなくづ》を払《はた》きながら、眉《まゆ》をふさ/\と揺《ゆす》つて笑《わら》ひ、
『はつはつはつ一《ひ》イ二《ふ》ウ三《み》い! 私等《わしら》が勝《かち》ぢや。見《み》さつせえ、形《かたち》は同《おな》じやうな出来《でき》だが、の、お前様《めえさま》の鮒《ふな》は水《みづ》に入《い》れると腹《はら》を出《だ》いたで、死《お》ちた魚《いを》よ、……私等《わしら》が鮒《ふな》は、泳《およ》ぎ得《え》いでも、鰭《ひれ》を立《た》てたれば活《い》きた奴《やつ》。何《なん》とした処《ところ》で、俎《まないた》に乗《の》せれば、人間《にんげん》の口《くち》に食《く》へいでも、翡翠《かはせみ》が来《き》て狙《ねら》ふたら、ちよつくら潜《もぐ》つて遁《に》げべいさ。
 囲炉裏《ゐろり》の自在竹《じざいだけ》に引懸《ひつか》ける鯉《こひ》にしても、水《みづ》へ放《はな》せば活《い》きねばならぬ。お前様《めえさま》の鮒《ふな》のやうに、へたりと腹《はら》を出《だ》いては明《あ》かねえ。木《き》を削《けづ》る時《とき》の釣合《つりあひ》一《ひと》つで、水《みづ》に入《い》れた時《とき》浮《う》き方《かた》が違《ちが》ふでねえかの、縦《たて》に留《と》まれば生《しやう》がある、横《よこ》に寝《ね》れば、死《し》んだりよ。……煩《むづ》ヶ|敷《し》い事《こと》ではねえだ。
 が、お前様《めえさま》、此《こ》の手際《てぎは》では、昨夜《ゆふべ》造《つく》り上《あ》げて、お天守《てんしゆ》へ持《も》つてござつた木像《もくざう》も、矢張《やつぱり》同《おな》じ型《かた》ではねえだか。……寸法《すんぽふ》が同《おな》じでも脚《あし》の筋《すぢ》が釣《つ》つて居《を》らぬか、其《それ》では跛足《びつこ》ぢや。右《みぎ》と左《ひだり》と腕《うで》の釣合《つりあひ》も悪《わる》かつたんべい。頬《ほつ》ぺたの肉《にく》が、どつちか違《ちが》へば、片《かた》がりべいと言《い》ふ不具《かたわ》ぢや、それでは美《うつく》しい女《をんな》でねえだよ。
 もし、へい
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