《づ》を合《あ》はせたやうな柳条《しま》があり、虹《にじ》を削《けづ》つて画《ゑが》いた上《うへ》を、ほんのりと霞《かすみ》が彩《いろど》る。
 背後《うしろ》を囲《かこ》つた、若草《わかくさ》の薄紫《うすむらさき》の山懐《やまふところ》に、黄金《こがね》の網《あみ》を颯《さつ》と投《な》げた、日《ひ》の光《ひかり》は赫耀《かくやく》として輝《かゞや》くが、人《ひと》の目《め》を射《ゐ》るほどではなく、太陽《たいやう》は時《とき》に、幽《かすか》に遠《とほ》き連山《れんざん》の雪《ゆき》を被《かつ》いだ白蓮《びやくれん》の蕋《しべ》の如《ごと》くに見《み》えた。……次第《しだい》に近《ちか》く此処《こゝ》に迫《せま》る山《やま》と山《やま》、峯《みね》と峯《みね》との中《なか》を繋《つな》いで蒼空《あをぞら》を縫《ぬ》ふ白《しろ》い糸《いと》の、遠《とほ》きは雲《くも》、やがて霞《かすみ》、目前《まのあたり》なるは陽炎《かげらふ》である。
 陽炎《かげらふ》は、爾《しか》く、村里《むらざと》町家《まちや》に見《み》る、怪《あや》しき蜘蛛《くも》の囲《ゐ》の乱《みだ》れた、幻影《まぼろし》のやうなものでは無《な》く、恰《あだか》も練絹《ねりぎぬ》を解《と》いたやうで、蝶《てふ/\》のふわ/\と吐《つ》く呼吸《いき》が、其《その》羽《はね》なりに飜々《ひら/\》と拡《ひろ》がる風情《ふぜい》で、然《しか》も皆《みな》美《うつく》しい女《をんな》の姿《すがた》を象《かたど》る。其《そ》の或《ある》ものは裳《もすそ》黄《き》に、或《ある》ものは袖《そで》紫《むらさき》に……
 紫《むらさき》なるは菫《すみれ》の影《かげ》で、黄《き》なるは鼓草《たんぽゝ》の花《はな》の映《うつ》り添《そ》ふ色《いろ》であつた。
 巌《いは》のあたりは、此《こ》の二種《ふたいろ》の花《はな》、咲《さ》き埋《うづ》むばかり満《み》ちて居《ゐ》る……其等《それら》色《いろ》ある陽炎《かげらふ》の、いづれ手《て》にも留《と》まらぬ女《をんな》の風情《ふぜい》した中《なか》に、唯《たゞ》一人《いちにん》濃《こまや》かに雪《ゆき》を束《つか》ねたやうな美女《たをやめ》があつて、巌《いは》の彼方《かなた》に恰《あだか》も卓《つくえ》に向《むか》つて立《た》つ状《さま》して彳《たゝず》んだ。
 雪枝《ゆきえ
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