ふう》して歩行《ある》いたが、少時《しばらく》して引返《ひきかへ》した。拾《ひろ》つて来《き》たのは雄鹿《をじか》の角《つの》の折《をれ》、山《やま》深《ふか》ければ千歳《ちとせ》の松《まつ》の根《ね》に生《お》ふると聞《き》く、伏苓《ふくれう》と云《い》ふものめいたが、何《なに》、別《べつ》に……尋常《たゞ》の樹《き》の枝《えだ》、女《をんな》の腕《かひな》ぐらゐの細《ほそ》さで、一尺《いつしやく》有余《いうよ》也《なり》。
 ト件《くだん》の麻袋《あさぶくろ》の口《くち》を開《あ》けて、握飯《にぎりめし》でも出《だ》しさうなのが、一挺《いつちやう》小刀《こがたな》を抽取《ぬきと》つて、無雑作《むざうさ》に、さくりと当《あ》てる、ヤ又《また》能《よ》く切《き》れる、枝《えだ》はすかりと二《ふた》ツに成《な》つた。
「鯉《こひ》とも思《おも》ふが、木《き》が小《ちつこ》い。鰌《どぜう》では可笑《をかし》かんべい。鮒《ふな》を一《ひと》ツ製《こさ》へて見《み》せつせえ。雑《ざつ》と形《かたち》で可《え》え。鱗《うろこ》は縦横《たてよこ》に筋《すぢ》を引《ひ》くだ、……私《わし》も同《おな》じに遣《や》らかすで、較《くら》べて見《み》るだね。ひよつとかして、私《わし》の方《はう》さ出来《でき》が佳《よ》くば、相談対手《さうだんあひて》に成《な》れるだでの、可《いゝ》か、さあ、ござらつせえ。」
と小刀《こがたな》を添《そ》へて突着《つきつ》けた。雪枝《ゆきえ》は胡座《あぐら》を組直《くみなほ》した。
「一《ひ》イ二《ふ》ウ三《み》イ、はじめるぞ、はゝゝはゝ駆競《かけつくら》のやうだの。何《なに》も前後《あとさき》に構《かま》ひごとはねえだよ。お前様《めえさま》串戯《じやうだん》ごとではあんめえが、何《なん》でも仕事《しごと》するには元気《げんき》に限《かぎ》るだで、景気《けいき》をつけるだ。――可《えゝ》かの、一《ひ》イ二《ふ》ウ三《み》イで、遣《や》りかけるだ。一《ひ》イ二《ふ》ウ三《み》イ! はツはツはツ。」
 笑《わら》ひかけて、済《す》まして遣《や》り出《だ》す。老爺《ぢゞい》の手《て》にも小刀《こがたな》が動《うご》く、と双《なら》んで二挺《にちやう》、日《ひ》の光《ひかり》に晃々《きら/\》と閃《きらめ》きはじめた……掌《たなそこ》の木《き》の枝《えだ》は、其
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