《こし》持《も》つて、へい、お迎《むかへ》、と下座《げざ》するのを作《つく》らつせえ。えゝ! と元気《げんき》を出《だ》さつしやりまし。」
「其処《そこ》です、老爺《おぢい》さん、」
と雪枝《ゆきえ》は草《くさ》を掴《つか》んで起直《おきなほ》つて、
「現在《げんざい》、其《そ》の苦《くる》しみを為《し》て居《ゐ》るお浦《うら》を救《すく》はんために製作《こしら》へたんです。有《あり》つたけの元気《げんき》も出《だ》した、力《ちから》も尽《つく》した。最《も》う為《し》やうがない。しかし此処《こゝ》で貴老《あなた》に逢《あ》つたのは天《てん》の引合《ひきあ》はせだらうと思《おも》ふ。
 いや、其《それ》よりも此《こ》の土地《とち》へ来《き》て、夢《ゆめ》とも現《うつゝ》とも分《わか》らない種々《いろ/\》の事《こと》のあるのは、別《べつ》ではない、婦《をんな》のために、仕事《しごと》を忘《わす》れた眠《ねむり》を覚《さま》して、謹《つゝし》んで貴老《あなた》に教《をしへ》を受《う》けさせやうとする、芸《げい》の神《かみ》の計《はか》らひであらうも知《し》れない。私《わたし》は跪《ひざまづ》く、其《そ》の草鞋《わらぢ》を頂《いたゞ》く……何《ど》うぞ、弟子《でし》にして下《くだ》さい、教《をし》へて下《くだ》さい、而《そ》してお浦《うら》を救《すく》つて下《くだ》さい。」
「いや、前刻《さつき》船《ふね》の中《なか》で焚《や》けるのを向《むか》ふから見《み》た時《とき》な、活《い》きた人《ひと》だと吃驚《びつくり》しつけの。お前様《めえさま》一廉《ひとかど》の利《きゝ》ものだ。別《べつ》に私等《わしら》に相談《さうだん》打《ぶ》たつしやるに及《およ》ぶめえが、奥様《おくさま》のお身《み》の上《うへ》ぢや、出来《でき》る手伝《てつだひ》なら為《し》ずには居《ゐ》られぬで、年《とし》の功《こう》だけも取処《とりどこ》があるなら、今度《こんど》造《つく》らつしやるに助言《ぢよごん》な為《す》べいさ。まあ、待《また》つせえよ、私《わし》が今《いま》、」と狸《たぬき》のやうな麻袋《あさぶくろ》をふらりと、腰《こし》を伸《の》して、のつそりと立《た》つた。
 旭《あさひ》さす野《の》を一人《ひとり》、老爺《ぢゞい》は腰骨《こしぼね》に手《て》を組《く》んで、ものを捜《さが》す風《
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