ゆきえ》は語《かた》り続《つ》ぐ声《こゑ》も弱《よわ》つて、
「漸《やつ》との思《おも》ひで此処《こゝ》まで来《き》て……先《ま》づ一呼吸《ひといき》と気《き》が着《つ》くと、あの躰《てい》だ。老爺《おぢい》さん、形代《かたしろ》の犠牲《にえ》に代《か》へて、辛《から》くもです、我《わ》が手《て》に救《すく》ひ出《だ》したとばかり喜《よろこ》んだのは、お浦《うら》ぢやない、家内《かない》ぢやない。昨夜《ゆふべ》持《も》つて行《い》つた彫像《てうざう》を其《そ》のまゝ突返《つゝかへ》されて、のめ/\と担《かつ》いで帰《かへ》つたんです。然《しか》も片腕《かたうで》捩《もぎ》つてある、あの采《さい》を持《も》たせた手《て》が。……あゝ、私《わたし》は五躰《ごたい》が痺《しび》れる。」と胸《むね》を掴《つか》んで悶《もだ》へ倒《たふ》れる。
天守《てんしゆ》の下《した》
三十六
聞《き》き果《は》てつ。……
飛騨国《ひだのくに》の作人《さくにん》菊松《きくまつ》は、其処《そこ》に仰《あふ》ぎ倒《たふ》れて今《いま》も悪《わる》い夢《ゆめ》に魘《うな》されて居《ゐ》るやうな――青年《せいねん》の日向《ひなた》の顔《かほ》、額《ひたひ》に膏汗《あぶらあせ》の湧《わ》く悩《なや》ましげな状《さま》を、然《さ》も気《き》の毒《どく》げに瞻《みまも》つた。
「聞《き》けば聞《き》くほど、へい、何《なん》とも言《い》ひやうはねえ。けんども、お前様《めえさま》、お少《わけ》えに、其《そ》の位《くらゐ》の事《こと》に、然《さ》う気《き》い落《おと》さつしやるもんでねえ。たかゞあれだ、昨夜《ゆふべ》持《も》つて行《ゆ》かしつた其《そ》の形代《かたしろ》の像《ざう》が、お天守《てんしゆ》の…何様《なにさま》か腑《ふ》に落《お》ちねえ処《ところ》があるで、約束《やくそく》の通《とほ》り奥様《おくさま》を返《かへ》さねえもんでがんしよ。だで、最《も》う一《ひと》ツ拵《こさ》えさつせえ。美《うつくし》い婦《をんな》の木像《もくざう》さ又《また》遣直《やりなほ》すだね。えゝ、お前様《めえさま》、対手《あひて》が七六《しちむづ》ヶしいだけに張合《はりえゝ》がある……案山子《かゝし》ぢや成《な》んねえ。素袍《すはう》でも着《き》た徒《てあひ》が玉《たま》の輿
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