《いだ》くやうに懸《か》けたと思《おも》ふと、一階目《いつかいめ》の廻廊《くわいらう》めいた板敷《いたじき》へ、ぬい、と上《のぼ》つて其《そ》の外周囲《そとまはり》をぐるりと歩行《ある》いた。……音《おと》に鎗《やり》ヶ|嶽《だけ》と中空《なかぞら》に相聳《あひそび》えて、月《つき》を懸《か》け太陽《ひ》を迎《むか》ふると聞《き》く……此《こ》の建物《たてもの》はさすがに偉大《おほき》い。――朧《おぼろ》の中《なか》に然《さ》ばかり蔓《はびこ》つた牛《うし》の姿《すがた》も、床《ゆか》走《はし》る鼠《ねずみ》のやうに見《み》えた。
 ぐるりと一廻《ひとまは》りして、一《いつ》ヶ|所《しよ》、巌《いはほ》を抉《えぐ》つたやうな扉《とびら》へ真黒《まつくろ》に成《な》つて入《はい》つたと思《おも》ふと、一《ひと》つよぢれた向《むか》ふ状《ざま》なる階子《はしご》の中《なか》ほどを、灰色《はいいろ》の背《せ》を畝《うね》つて上《のぼ》る、牛《うし》は斑《まだら》で。
 此《こ》の一階目《いつかいめ》の床《ゆか》は、今《いま》過《よぎ》つた野《の》に、扉《とびら》を建《た》てまはしたと見《み》るばかり広《ひろ》かつた。短《みじか》い草《くさ》も処々《ところ/″\》、矢間《やざま》に一《ひと》ツ黄色《きいろ》い月《つき》で、朧《おぼろ》の夜《よ》も同《おな》じやう。
 と黒雲《くろくも》を被《かつ》いだ如《ごと》く、牛《うし》の尾《を》が上口《あがりくち》を漏《も》れたのを仰《あふ》いで、上《うへ》の段《だん》、上《うへ》の段《だん》と、両手《りやうて》を先《さき》へ掛《か》けながら、慌《あはたゞ》しく駆上《かけあが》つた。……月《つき》は暗《くら》かつた、矢間《やざま》の外《そと》は森《もり》の下闇《したやみ》で苔《こけ》の香《か》が満《み》ちて居《ゐ》た。……牛《うし》の身躰《からだ》は、早《は》や又《また》段《だん》の上《うへ》へ半《なか》ばを乗越《のりこ》す。
 ぐる/\と急《いそ》いで廻《まは》つて取着《とつつ》いて追《お》つて上《のぼ》る。と此《こ》の矢間《やざま》の月《つき》は赤《あか》かつた。魔界《まかい》の色《いろ》であらうと思《おも》ふ。が、猶予《ためら》ふ隙《ひま》もなく直《たゞ》ちに三階目《さんがいめ》を攀《よ》ぢ上《のぼ》る……
 最《も》う仰《あふ
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