』と樹《き》が喚《わめ》いた。
 傘《からかさ》はぐる/\と段《だん》にかゝる、と苦《く》もなく攀上《よぢのぼ》るに不思議《ふしぎ》はない。濃《こまや》かな夜《よ》の色《いろ》が段《だん》を包《つゝ》んで、雲《くも》に乗《の》せたやうにすら/\と辷《すべ》らし上《あ》げる。気《き》の疾《はや》い、身軽《みがる》なのが、案山子《かゝし》の中《なか》にもあるにこそ。二《ふた》ツ三《み》ツ追続《おつつゞ》いて、すいと飛《と》んで、車《くるま》の上《うへ》を宙《ちう》から上《のぼ》つたのが、アノ土器色《かはらけいろ》の月《つき》の形《かたち》の灯《ともしび》をふわりと乗越《のりこ》す。
 段《だん》の上《うへ》で、一体《いつたい》の石地蔵《いしぢざう》に逢《あ》つた。
『坊《ばう》ちやま、坊《ばう》ちやま。』と一《ひと》ツが言《い》ふ。
『さても迷惑《めいわく》、』
と仰有《おつしや》つたが、御手《おんて》の錫杖《しやくぢやう》をづいと上《あ》げて、トンと下《お》ろしざまに歩行《あゆ》び出《で》らるゝ……成程《なるほど》、御襟《おんゑり》の唾掛《よだれかけ》めいた切《きれ》が、ひらり/\と揺《ゆ》れつゝ来《こ》らるゝ。
「此《こ》の野原《のはら》に来《き》た時《とき》です。」
と雪枝《ゆきえ》は老爺《ぢい》に向《むか》いて、振返《ふりかへ》つて左右《さいう》を視《なが》めた。
 陽炎《かげらふ》が膝《ひざ》に這《は》つて、太陽《たいやう》はほか/\と射《さ》して居《ゐ》る。空《そら》は晴《は》れたが、草《くさ》の葉《は》の濡色《ぬれいろ》は、次第《しだい》に霞《かすみ》に吸取《すひと》られやうとする風情《ふぜい》である。
「其《そ》の地蔵尊《ぢざうそん》が、前《まへ》の方《はう》から錫杖《しやくぢやう》を支《つ》いたなりで、後《うしろ》に続《つゞ》いた私《わたし》と擦違《すれちが》つて、黙《だま》つて坂《さか》の方《はう》へ戻《もど》つて行《ゆ》かるゝ……と案山子《かゝし》もぞろ/\と引返《ひきかへ》すんです。
 番傘《ばんがさ》は、と見《み》ると、此《これ》もくる/\と廻《まは》つて返《かへ》る。が、まるで空《から》に成《な》つて、上《うへ》に載《の》せた彫像《てうざう》がありますまい。
 ……つひ向《むか》ふを、何《ど》うです、……大牛《おほうし》が一頭《いつとう》、此
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