ばして、あの長《なが》い嘴《くちばし》が、水《みづ》の面《も》へ衝《つ》と届《とゞ》くや否《いな》や、小船《こぶね》がすら/\と動《うご》きはじめて、音《おと》もなく漕《こ》いで出《で》る。
見《み》るものは呆《あき》れ果《は》てゝ、どかと濠端《ほりばた》に腰《こし》を掛《か》けた。
五位鷺《ごゐさぎ》の働《はたら》くこと。船《ふね》一艘《いつそう》漕《こ》ぐなれば、蘆《あし》の穂《ほ》の風《かぜ》に散《ち》る風情《ふぜい》、目《め》にも留《と》まらず、ひら/\と上下《うへした》に翼《つばさ》を煽《あふ》る。と船《ふね》の方《はう》は、落着済《おちつきす》まして夢《ゆめ》の空《そら》を辷《すべ》るやう、……やがて汀《みぎは》を漕《こ》ぎ離《はな》す。
蘆《あし》の枯葉《かれは》をぬら/\と蒼《あを》ぬめりの水《みづ》が越《こ》して、浮草《うきぐさ》の樺色《かばいろ》まじりに、船脚《ふなあし》が輪《わ》に成《な》る頃《ころ》の、五位鷺《ごゐさぎ》の搏《はう》ちやう。又《また》一《ひと》しきり烈《はげ》しく急《きふ》に、滑《なめら》かな重《おも》い水《みづ》に響《ひゞ》いて、鳴渡《なりわた》るばかりと成《な》つたが。
余《あま》りの労働《はたらき》、羽《はね》の間《あひだ》に垂々《たら/\》と、汗《あせ》か、※[#「さんずい+散」、76−16]《しぶき》か、羽先《はさき》を伝《つた》つて、水《みづ》へぽた/\と落《お》ちるのが、血《ち》の如《ごと》く色《いろ》づいて真赤《まつか》に溢《あふ》れる。……
「火《ひ》の粉《こ》だ、火《ひ》の粉《こ》だ。」と濠端《ほりばた》で、青年《わかもの》が驚《おどろ》き叫《さけ》んだ。
果《はた》して血《ち》の汗《あせ》を絞《しぼ》る、と見《み》えたは、翼《つばさ》を落《お》ちる火《ひ》であつた。
「飛《と》ばつせえ船《ふね》の人《ひと》、船《ふね》の人《ひと》、飛《と》ばつせえ、飛込《とびこ》むのだえ!」
と野良調子《のらでうし》の高声《たかごゑ》を上《あ》げて、広野《ひろの》の霞《かすみ》に影《かげ》を煙《けぶ》らせ、一目散《いちもくさん》に駆附《かけつ》けるものがある。
驚駭《おどろき》のあまり青年《わかもの》は、殆《ほとん》ど無意識《むいしき》に、小脇《こわき》に抱《いだ》いた、其《そ》の一襲《ひとかさ》ねの色衣《い
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