土器色《かはらけいろ》の月《つき》は、ぶらりと下《さが》つて、仏《ほとけ》の頬《ほゝ》を片々《かた/\》照《て》らして、木蓮《もくれん》の花《はな》を手向《たむ》けたやうな影《かげ》が射《さ》した。
 其《そ》の前《まへ》を、一列《ひとなら》びに、ふら/\と通懸《とほりかゝ》つて、
『御許《ごゆる》され』と案山子《かゝし》の一《ひと》つが言へば、
『御許《ごゆる》され。』
と又《また》一《ひと》つが同《おな》じ言《こと》を繰返《くりかへ》す。
『御許《ごゆる》され、御許《ごゆる》され。』と声《こゑ》が交《まじ》つて、喧々《がや/\》と※[#「口+堯」、148−6]舌《しやべ》つた、と思《おも》はれよ。
『大儀《たいぎ》ぢや』
と正《まさ》しく如意輪《によいりん》が仰《あふ》せあつた……
『はツ、』と云《い》ふと一個《ひとつ》、丁《ちやう》ど石高道《いしだかみち》の石※[#「石+鬼」、第4水準2−82−48]《いしころ》へ其《そ》の一本竹《いつぽんだけ》を踏掛《ふみか》けた真中《まんなか》のが、カタリと脚《あし》に音《おと》を立《た》てると、乗上《のりあが》つたやうに、ひよい、と背《せ》が高《たか》く成《な》つて、直《すぐ》に、ひよこりと又《また》同《おな》じ丈《たけ》に歩行《ある》き出《だ》す。
 人間《にんげん》が前《まへ》へ出《で》た時《とき》、如意輪《によいりん》の御姿《おすがた》は、スツと松蔭《まつかげ》へ稍《やゝ》遠《とほ》く、暗《くら》く小《ちひ》さく拝《をが》まれた。
 雨《あめ》がやゝ頻《しき》つて来《き》た。
 案山子《かゝし》の簑《みの》は、三《みつ》つともぴしよ/\と音《おと》するばかり、――中《なか》にも憎《にく》かつたは後《あと》から行《ゆ》く奴《やつ》、笠《かさ》を着《き》たを得意《とくい》の容躰《ようだい》、もの/\しや左右《さいう》を※[#「目+旬」、第3水準1−88−80]《みまは》しながら前途《ゆくて》へ蹌踉《よろめ》く。
 果《はた》して祠《ほこら》を指《さ》したらしい。
 横《よこ》へ切《き》れて田畝道《たんぼみち》を、向《むか》ふへ、一方《いつぱう》が山《やま》の裙《すそ》、片傍《かたはら》を一叢《ひとむら》の森《もり》で仕切《しき》つた真中《まんなか》が、茫《ぼう》と展《ひら》けて、草《くさ》の生《はへ》が朧月《おぼろづき
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