く》、何処《どつけ》え行《く》!』
 で、がさりと枝《えだ》を踏《ふ》んだ音《おと》がした。何《ど》うやらものゝ、嘴《くちばし》を長《なが》く畷《なはて》を瞰下《みお》ろす気勢《けはひ》がした。
『ほこらだ。』
『ほこら、』
『ほこらへ行《い》くだ。』
とひよつこり、ひよこり、ひよつこりと歩行《ある》き出《だ》す……案山子《かゝし》どもの出向《でむ》くのが、祠《ほこら》の方《はう》へ、雪枝《ゆきえ》の来《き》た路《みち》の方角《はうがく》に当《あた》る。向《むか》ふを指《さ》して城《じやう》ヶ|沼《ぬま》へ身投《みな》げに行《ゆ》くのでは無《な》いらしい。
 待《ま》て、よくは分《わか》らぬ、其処等《そこら》と言《い》ふか、祠《ほこら》と言《い》ふか、声《こゑ》を伝《つた》へる生暖《なまぬる》い夜風《よかぜ》もサテぼやけたが、……帰《かへ》り路《みち》なれば引返《ひきかへ》して、うか/\と漫歩行《そゞろある》きの踵《きびす》を返《かへ》す。
『く、く、く、』
『ふ、ふ、』
『は、は、は、』と形《かたち》も定《さだ》めず、むや/\の海鼠《なまこ》のやうな影法師《かげぼふし》が、案山子《かゝし》の脚《あし》もとを四《よ》ツ五《いつ》ツむら/\と纒《まと》ふて進《すゝ》む。
「それは狐《きつね》か犬《いぬ》らしい、其《それ》とも何《なに》か鳥《とり》が居《ゐ》て、上《うへ》をふわ/\と飛《と》んだのかも分《わか》りません。」
と雪枝《ゆきえ》は老爺《ぢゞい》に言《い》ふのであつた……

         三十二

「忘《わす》れもしない、温泉《をんせん》へ行《ゆ》きがけには、夫婦《ふうふ》が腕車《くるま》で通《とほ》つた並木《なみき》を、魔物《まもの》が何《ど》うです、……勝手次第《かつてしだい》な其《そ》の躰《てい》でせう。」
 来《く》る時《とき》は気《き》がつかなかつたが、時《とき》に帰《かへり》がけに案山子《かゝし》の歩行《ある》く後《うしろ》から見《み》ると、途中《とちゆう》に一里塚《いちりづか》のやうな小蔭《こかげ》があつて、松《まつ》は其処《そこ》に、梢《こずえ》が低《ひく》く枝《えだ》が垂《た》れた。塚《つか》の上《うへ》に趺坐《ふざ》して打傾《うちかたむ》いて頬杖《ほゝづゑ》をした、如意輪《によいりん》の石像《せきざう》があつた。と彼《あ》のたよりのない
前へ 次へ
全142ページ中93ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング