いと出《で》て立《た》つた、藁束《わらたば》に竹《たけ》の脚《あし》で、痩《やせ》さらばへたものがある。……凩《こがらし》に吹《ふ》かれぬ前《まへ》に、雪国《ゆきぐに》の雪《ゆき》が不意《ふい》に来《き》て、其《そ》のまゝ焚附《たきつけ》にも成《な》らずに残《のこ》つた、冬《ふゆ》の中《うち》は、真白《まつしろ》な寐床《ねどこ》へ潜《もぐ》つて、立身《たちみ》でぬく/\と過《す》ごしたあとを、草枕《くさまくら》で寐込《ねこ》んで居《ゐ》た、これは飛騨山《ひだやま》の案山子《かゝし》である。
 此《こ》の親仁《おやぢ》、破《やぶ》れ簑《みの》の毛《け》を垂《た》らして、しよぼりとした躰《てい》で、ひよこひよこと動《うご》いて来《き》て、よたりと松《まつ》の幹《みき》へ凭《より》かゝつて、と其処《そこ》へ立《た》つて留《と》まる。
『来《こ》んかい、案山子《かゝし》、来《こ》んかい、案山子《かゝし》………』と例《れい》の声《こゑ》が尚《な》ほ続《つゞ》けて呼《よ》ぶ。
 些《ち》と離《はな》れた畝《あぜ》を伝《つた》つて、向《むか》ふから又《また》一《ひと》つ、ひよい/\と来《き》て、ばさりと頭《かしら》を寄《よ》せて同《おな》じく留《と》まる。と素直《まつすぐ》な畷筋《なはてすぢ》を、別《べつ》に一個《ひとつ》よたよた/\/\と、其《それ》でも小刻《こきざみ》の一本脚《いつぽんあし》、竹《たけ》を早《はや》めて急《いそ》いで近寄《ちかよ》る。
 此《こ》の後《あと》のなんぞは、何処《どこ》で工面《くめん》をしたか、竹《たけ》の小笠《をがさ》を横《よこ》ちよに被《かぶ》つて、仔細《しさい》らしく、其《そ》の笠《かさ》を歩行《あるく》に連《つ》れてぱく/\と上下《うへした》に揺《ゆす》つたもので。
 三個《みつつ》が、……其《それ》から土瓶《どびん》を釣《つ》つて番茶《ばんちや》でも煮《に》さうな形《かたち》に集《あつ》まると、何《なに》かゞ又《また》啼《な》き出《だ》す。
『コー/\/\、急《いそ》がう急《いそ》がう。』
 ばさ/\、と左右《さいう》へ分《わか》れて、前後《あとさき》に入乱《いりみだ》れたが、やがて畷《なはて》へ三個《みつつ》で並《なら》ぶ。
 其時《そのとき》樹《き》の上《うへ》から、何《なに》やら鳥《とり》の声《こゑ》がして、
『何処《どつけ》え行《
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