《えんぎ》なき由緒《ゆいしよ》なき、一躰《いつたい》風流《ふうりう》なる女神《によしん》のまざ/\として露《あら》はれたか、と疑《うたが》はれて、傍《かたはら》の棚《たな》に残《のこ》つた古幣《ふるぬさ》の斜《なゝ》めに立《た》つたのに対《たい》して、敢《あへ》て憚《はゞか》るべき色《いろ》は無《な》かつた。
折《をり》から来合《きあ》はせた権七《ごんしち》に見《み》せると、色《いろ》を変《か》へ、口《くち》を尖《とが》らせ、目《め》を光《ひか》らせて視《なが》めたが、其《そ》の面《つら》は烏《からす》にも成《な》らず、……脚《あし》は朽木《くちき》にも成《な》らず、袖《そで》は羽《はね》にも成《な》らぬ。
其処《そこ》で、自分《じぶん》で引背負《ひつしよ》ふなり、抱《だ》くなりして、其《そ》の彫像《てうざう》を城趾《しろあと》の天守《てんしゆ》に運《はこ》ぶ。……途中《とちゆう》の塵《ちり》を避《さ》けるため蔽《おほひ》がはりに、お浦《うら》の着換《きがえ》を、と思《おも》つて、権七《ごんしち》を温泉宿《をんせんやど》まで取《と》りに遣《や》つた。
あとで、此《こ》の祠《ほこら》に籠《こも》つてから、幾日《いくか》の間《あひだ》か鳥居《とりゐ》より外《そと》へは出《で》ない、身躰《からだ》を伸々《のび/\》として大手《おほで》を振《ふ》つて畝路《あぜみち》から畷《なはて》へ出《で》た――然《さ》まで遠《とほ》くもない城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の方《はう》へ、何《なに》となく足《あし》が向《む》いて、ぶらり/\と歩行《ある》いたが、我《わ》が住居《すまゐ》を出《で》て其処等《そこら》散歩《さんぽ》をする、……祠《ほこら》の家《いへ》にはお浦《うら》が居《ゐ》て留主《るす》をして、我《わ》がために燈火《ともしび》のもとで針仕事《はりしごと》でも為《し》て居《ゐ》るやうな、つひした楽《たの》しい心地《こゝち》がする。……細《ほそ》い杖《ステツキ》を持《も》たないのが物足《ものた》りないくらゐなもので。
風《かぜ》もふわ/\と樹《き》の枝《えだ》を擽《くすぐ》つて、はら/\笑《わら》はせて花《はな》にしやうとするらしい、壺《つぼ》の中《なか》のやうではあるが、山国《やまぐに》の夜《よ》は朧《をぼろ》。
三十一
譬《たと》へば城《じやう》ヶ|
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