来《き》て用《よう》を達《た》してくれたのは其《そ》の男《をとこ》で。時《とき》とすると、二時三時《ふたときみとき》も傍《そば》に居《ゐ》て熟《じつ》と私《わたし》の仕事《しごと》を見《み》て居《ゐ》る。口《くち》も出《だ》さず邪魔《じやま》には成《な》らん。
 で、下仕事《したしごと》の手伝《てつだひ》ぐらゐは間《ま》に合《あ》つたんです。」
と雪枝《ゆきえ》は更《あらた》めて言《い》つた。
「処《ところ》で、一刻《いつこく》も疾《はや》く仕上《しあ》げにしやうと思《おも》ふから、飯《めし》も手掴《てづか》みで、水《みづ》で嚥下《のみおろ》す勢《いきほひ》、目《め》を据《す》えて働《はたら》くので、日《ひ》も時間《じかん》も、殆《ほと》んど昼夜《ちうや》の見境《みさかひ》はない。……女《をんな》の像《ざう》の第一作《だいいつさく》が、まだ手足《てあし》までは出来《でき》なかつたが、略《ほゞ》顔《かほ》の容《かたち》が備《そな》はつて、胸《むね》から鳩尾《みづおち》へかけて膨《ふつく》りと成《な》つた、木材《もくざい》に乳《ちゝ》が双《なら》んで、目鼻口元《めはなくちもと》の刻《きざ》まれた、フトした時《とき》……
『どうだ、大分《だいぶ》ものに成《な》つたらう、』と聊《いさゝ》か得意《とくい》で。丁《ちやう》ど居合《ゐあ》はせた権七《ごんしち》の顔《かほ》を目《め》を挙《あ》げて恁《か》う見《み》ると……日《ひ》に焼《や》けた色《いろ》の黒《くろ》いのが又《また》恐《おそ》ろしく真黒《まつくろ》で、額《ひたひ》が出《で》て、唇《くちびる》が長《なが》く反《そ》つて、目《め》ががつくりと窪《くぼ》んだ、其《そ》の目《め》がピカ/\と光《ひか》つて、ふツふツ、はツはツ、と喘《あへ》ぐやうな息《いき》をする。……


       供揃《ともぞろ》へ


         三十

 いや、其《そ》の息《いき》の臭《くさ》い事《こと》……剰《あまつさ》へ、立《た》つでもなく坐《すは》るでもなく、中腰《ちゆうごし》に蹲《しやが》んだ山男《やまをとこ》の膝《ひざ》が折《を》れかゝつた朽木《くちぎ》同然《どうぜん》、節《ふし》くれ立《だ》つてギクリと曲《まが》り、腕組《うでぐみ》をした肱《ひぢ》ばかりが胸《むね》に附着《くつつ》き、布子《ぬのこ》の袖《そで》の元《もと》へ窄《せ
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