ほこら》の前《まへ》に、森《もり》の出口《でぐち》から、田甫《たんぼ》、畷《なはて》、山《やま》を覗《のぞ》いて立《た》つであらう。
 と凝《じつ》と視《なが》める、と最《も》う其《そ》の鳥居《とりゐ》の柱《はしら》の中《なか》へ、婦《をんな》の姿《すがた》が透《す》いて映《うつ》る……木目《もくめ》が水《みづ》のやうに膚《はだ》に絡《まと》ふて。
『旦那様《だんなさま》、お荷物《にもつ》な持《も》つて参《めえ》りやした、まあ、暗《くれ》え処《とこ》に何《なに》を為《し》てござらつしやる。』
 成程《なるほど》、狐格子《きつねがうし》に釣《つ》つて置《お》いた提灯《ちやうちん》は何時《いつ》までも蝋燭《らふさく》が消《た》たずには居《を》らぬ。……気《き》が着《つ》くと板椽《いたえん》に腰《こし》を落《おと》し、段《だん》に脚《あし》を投《な》げてぐつたりして居《ゐ》た。
 鞄《かばん》を脊負《しよ》つて来《き》たのは木樵《きこり》の権七《ごんしち》で、此《こ》の男《をとこ》は、お浦《うら》を見失《みうしな》つた当時《たうじ》、うか/\城趾《しろあと》へ※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1−84−33]《さまよ》つたのを宿《やど》へ連《つれ》られてから、一寸々々《ちよい/\》出《で》て来《き》ては記憶《きおく》の裡《うち》へ影《かげ》を露《あら》はす。此《これ》と、城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の黒坊主《くろばうず》の蒼《あを》ざめた面影《おもかげ》を除《のぞ》いては、誰《たれ》の顔《かほ》も判然《はつきり》覚《おぼ》えて居《ゐ》なかつた。
『燈明《とうみやう》を点《つ》けさつしやりませ。洋燈《らんぷ》では旦那様《だんなさま》の身躰《からだ》危《あぶな》いと言《い》ふで、種油《たねあぶら》提《さ》げて、燈心《とうしん》土器《かはらけ》を用意《ようい》して参《めえ》りやしたよ。追附《おつつ》け、寝道具《ねだうぐ》も運《はこ》ぶでがすで。気《き》を静《しづ》めて休《やす》まつしやりませ。……私等《わしら》も又《また》、油断《ゆだん》なく奥様《おくさま》の行衛《ゆくゑ》な捜《さが》しますだで、えら、心《こゝろ》を狂《くる》はさつしやりますな。』
と言《い》ふ/\燈心《とうしん》を点《とも》して、板敷《いたじき》の上《うへ》へ薄縁《うす
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