、別《べつ》の方面《はうめん》に向《むか》つて居《ゐ》るらしい。
 畝路《あぜみち》で出合《であひ》がしらに、一同《いちどう》は騒《さわ》ぎ立《た》てた。就中《なかんづく》、わざ/\東京《とうきやう》から出張《でば》つて来《き》た親類《しんるゐ》のものは、或《あるひ》は慰《なぐさ》め、或《あるひ》は励《はげ》まし、又《また》戒《いまし》めなどする種々《いろ/\》の言葉《ことば》を、立続《たてつゞ》けに※[#「口+堯」、135−15]舌《しやべ》つたが、頭《あたま》から耳《みゝ》にも入《い》れず……暗闇《くらやみ》の路次《ろじ》へ入《はい》つて、ハタと板塀《いたべい》に突当《つきあた》つたやうに、棒立《ぼうだ》ちに成《な》つて居《ゐ》たが、唐突《だしぬけ》に、片手《かたて》の掌《てのひら》を開《あ》けて、ぬい、と渠等《かれら》の前《まへ》へ突出《つきだ》した。坊主《ばうず》が自分《じぶん》に向《むか》つて同《おな》じ事《こと》を為《し》たのを、フト思出《おもひだ》したのが、殆《ほと》んど無意識《むいしき》に挙動《ふるまひ》に出《で》た。ト尠《すくな》からず一同《いちどう》を驚《おどろ》かして、皆《みな》だぢ/\と成《な》つて退《すさ》る。
 ト此《こ》の鑿《のみ》を持《も》ち、鏨《たがね》を持《も》つべき腕《かひな》は、一度《ひとたび》掌《てのひら》を返《かへ》して、多勢《たせい》を圧《あつ》して将棊倒《しやうぎだふ》しにもする、大《おほい》なる権威《けんゐ》の備《そな》はるが如《ごと》くに思《おも》つて、会心《くわいしん》自得《じとく》の意《こゝろ》を、高声《たかごゑ》に漏《も》らして、呵々《から/\》と笑《わら》つた。
『御苦労《ごくらう》御苦労《ごくらう》、真《まこと》に御骨折《ごほねをり》を懸《か》けて誰方《どなた》にも相済《あひす》まん。が、最《も》う御心配《ごしんぱい》には及《およ》ばんのだ。――お聞《き》きなさい、行衛《ゆくゑ》の知《し》れなかつた家内《かない》は、唯今《たゞいま》其《そ》の所在《ありか》が分《わか》つた。……ナニ、無事《ぶじ》か? 無事《ぶじ》かではない。考《かんが》えて見《み》たつて知《し》れます。繊弱《かよわ》い婦《をんな》だ、然《しか》も蒲柳《ほりう》の質《しつ》です。一寸《ちよいと》躓《つまづ》いても怪我《けが》をするのに、方角
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