《あじろ》に突立《つゝた》つて見送《みおく》つた坊主《ばうず》の影《かげ》は、背後《うしろ》から蔽覆《おつかぶ》さる如《ごと》く、大《おほひ》なる形《かたち》に成《な》つて見《み》えた。

         二十七

 温泉《いでゆ》の宿《やど》を差《さ》して、城《じやう》ヶ|沼《ぬま》から引返《ひきかへ》す途中《とちゆう》は、気《き》も漫《そゞろ》に、直《す》ぐにも初《はじ》むべき――否《いな》、手《て》は既《すで》に何等《なにら》か其《それ》に向《むか》つて働《はたら》く……新《あらた》な事業《じげふ》に対《たい》する感興《かんきよう》の雲《くも》に乗《の》るやう、腕《かひな》が翼《はね》に成《な》つて、星《ほし》の下《した》を飛《と》ぶが如《ごと》き心地《こゝち》した。
 恁《か》うまで情《じやう》の昂《たか》ぶつた処《ところ》へ、はたと宿《やど》から捜《さが》しに出《で》た一行《いつかう》七八人《しちはちにん》の同勢《どうぜい》に出逢《であ》つたのである……定紋《じやうもん》の着《つ》いた提灯《ちやうちん》が一群《いちぐん》の中《なか》に三《み》ツばかり、念仏講《ねんぶつかう》の崩《くづ》れとも見《み》えれば、尋常《じんじやう》遠出《とほで》の宿引《やどひき》とも見《み》えるが、旅籠屋《はたごや》に取《と》つては実際《じつさい》容易《ようい》な事《こと》では無《な》からう、――仮初《かりそめ》に宿《やど》つた夫婦《ふうふ》が、婦《をんな》は生死《しやうし》も行衛《ゆくゑ》も知《し》れず、男《をとこ》は其《それ》が為《ため》に、殆《ほと》んど狂乱《きやうらん》の形《かたち》で、夜昼《ひるよる》とも無《な》しに迷《まよ》ひ歩行《ある》く……
 不面目《ふめんもく》ゆゑ、国許《くにもと》へ通知《つうち》は無用《むよう》、と当人《たうにん》は堅《かた》く留《と》めたものゝ、唯《はい》、然《さ》やうで、とばかりで旅籠屋《はたごや》では済《す》まして居《ゐ》られぬ。
 で、宿《やど》の了見《れうけん》ばかりで電報《でんぱう》を打《う》つた、と見《み》えて其処《そこ》で出逢《であ》つた一群《いちぐん》の内《うち》には、お浦《うら》の親類《しんるゐ》が二人《ふたり》も交《まざ》つた、……此《こ》の中《なか》に居《ゐ》ない巡査《じゆんさ》などは、同《おな》じ目的《もくてき》で
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