/\、』
『お客様《きやくさま》、お客様《きやくさま》。』
と叫《さけ》ぶのが、遥《はるか》に、弱《よわ》い稲妻《いなづま》のやうに夜中《よなか》を走《はし》つて、提灯《ちやうちん》の灯《ひ》が点々《ぽつ/\》畷《なはて》に※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1−84−33]《さまよ》ふ。
『お客様《きやくさま》。』
『旦那《だんな》、』
『奥方様《おくがたさま》。』
あゝ、又《また》奥方様《おくがたさま》をくはせる……剰《あまつさ》へ、今《いま》心着《こゝろづ》いて、耳《みゝ》を澄《す》ませて聞《き》けば、我《われ》自《みづ》からも、此《こ》の頃《ごろ》では鉦太鼓《かねたいこ》こそ鳴《な》らさぬけれども、土俗《どぞく》に今《いま》も遣《や》る……天狗《てんぐ》に攫《さら》はれたものを探《さが》す方法《しかた》で、あの通《とほ》り呼立《よびた》て居《を》る――成程《なるほど》然《さ》う思《おも》へば、何時《いつ》温泉《をんせん》の宿《やど》を出《で》て、何処《どこ》を通《とほ》つて、城《じやう》ヶ|沼《ぬま》に来《き》たか覚《おぼ》えて居《を》らぬ。
『御身《おみ》を呼《よ》ぶぢやろ、去《い》なつしやい。』と坊主《ばうず》が、はつと又《また》其《そ》の掌《てのひら》を拡《ひろ》げた。此《こ》の煽動《あふり》に横顔《よこがほ》を払《はら》はれたやうに思《おも》つて、蹌踉《よろ/\》としたが、惟《おも》ふに幻覚《げんかく》から覚《さ》めた疲労《ひろう》であらう、坊主《ばうず》が故意《こい》に然《さ》うしたものでは無《な》いらしい。
『御身《おみ》が内儀《ないぎ》の言《こと》づけを忘《わす》れまいな。』
『忘《わす》れない。』
と奮然《ふんぜん》として答《こた》へた。既《すで》に鬼神《きじん》に感応《かんおう》ある、芸術家《げいじゆつか》に対《たい》して、坊主《ばうず》の言語《げんご》と挙動《きよどう》は、何《なん》となく嘗《な》め過《す》ぎたやうに思《おも》はれたから……其《そ》のまゝ肩《かた》を聳《そび》やかして、三《み》つ四《よ》つ輝《かゞや》く星《ほし》を取《と》つて、直《たゞ》ちに額《ひたひ》を飾《かざ》る意気組《いきぐみ》。背《せ》を高《たか》く、足《あし》を踏《ふ》んで、沼《ぬま》の岸《きし》を離《はな》れると、足代
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