な》、土地祇《とちのかみ》、……実《まこと》に雪枝《ゆきえ》が製作《せいさく》の美人《びじん》を求《もと》めば、礼《れい》を厚《あつ》くして来《きた》り請《こ》はずや。もし其《そ》の代価《だいか》に苦《くるし》むとならば、玉《たま》を捧《さゝ》げよ、能《あた》はずんば鉱石《くわうせき》を捧《さゝ》げよ、能《あた》はずんば巌《いはほ》を欠《か》いて来《きた》り捧《さゝ》げよ。一枝《ひとえだ》の桂《かつら》を折《を》れ、一輪《いちりん》の花《はな》を摘《つ》め。奚《なん》ぞみだりに妻《つま》に仇《あだ》して、我《われ》をして避《さ》くるに処《ところ》なく、辞《じ》するに其《そ》の術《すべ》なからしむる。……汝等《なんじら》、此処《こゝ》に、立処《たちどころ》に作品《さくひん》の影《かげ》の顕《あら》はれたる此《こ》の幻《まぼろし》の姿《すがた》に対《たい》して、其《そ》の礼《れい》無《な》きを恥《は》ぢざるや……
と背後《うしろ》から視《なが》めて意気《いき》昂《あが》つて、腕《うで》を拱《こまぬ》いて、虚空《こくう》を睨《にら》んだ。腰《こし》には、暗夜《あんや》を切《き》つて、直《たゞ》ちに木像《もくざう》の美女《たをやめ》とすべき、一口《ひとふり》の宝刀《ほうたう》を佩《お》びたる如《ごと》く、其《そ》の威力《ゐりよく》に脚《あし》を踏《ふ》んで、胸《むね》を反《そ》らした。
「本気《ほんき》の沙汰《さた》ではない、世《よ》にあるまじき呵責《かしやく》の苦痛《くつう》を受《う》けて居《ゐ》る、女房《にようばう》の音信《おとづれ》を聞《き》いて、赫《くわつ》と成《な》つて気《き》が違《ちが》つたんです。」
我《われ》と我《わ》が想像《さうざう》に酔《よ》つて、見惚《みと》れた玉《たま》の膚《はだえ》の背《せなか》を透《とほ》して、坊主《ばうず》の黒《くろ》い法衣《ころも》が映《うつ》る、と水《みづ》の中《なか》に天守《てんしゆ》の梁《うつばり》に釣下《つりさ》げられた、其《そ》の姿《すがた》を獣《けもの》の襲《おそ》ふ、其《そ》の俤《おもかげ》を歴然《あり/\》と見《み》た。無惨《むざん》の状《さま》に、ふつと掻消《かきけ》した如《ごと》く美《うるは》しいものは消《き》えた。
『呼《よ》ぶわ、呼《よ》ぶわ。』
と云《い》つた坊主《ばうず》の声《こゑ》。
『おゝい
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