け》為《し》やうと思《おも》つて買《か》つた采《さい》だつたんです。
『都《みやこ》の人《ひと》、』
と坊主《ばうず》は又《また》更《あらた》めて、
『御身《おんみ》は木彫《きぼり》を行《や》るかな。』
『行《や》ります!』
と答《こた》へた時《とき》、私《わたし》は蘇生《よみがへ》つたやうに思《おも》つた。水《みづ》も白《しろ》く夜《よ》も明《あかる》く成《な》つた……お浦《うら》の行方《ゆくへ》も知《し》れ、其《そ》の在所《ありか》も分《わか》り、草鞋《わらぢ》や松明《たいまつ》で探《さぐ》つた処《ところ》で、所詮《しよせん》無駄《むだ》だと断念《あきらめ》も着《つ》く……其《それ》に、魔物《まもの》の手《て》から女房《にようばう》を取返《とりかへ》す手段《しゆだん》も出来《でき》た。我《わ》が手《て》に身代《みがはり》の像《ざう》を作《つく》れと云《い》ふ。敢《あへ》て黄金《こがね》を積《つ》め、山《やま》を崩《くづ》せ、と命《めい》ずるのでは無《な》いから、前途《ぜんと》に光明《くわうめい》が輝《かゞや》いて、心《こゝろ》は早《は》や明《あきら》かに渠《かれ》を救《すく》ふ途《みち》の第一歩《だいいつぽ》を辿《たど》り得《え》た。
草《くさ》を開《ひら》いて、天守《てんしゆ》に昇《のぼ》る路《みち》も一筋《ひとすぢ》、城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の水《みづ》を灌《そゝ》いで、野山《のやま》をかけて流《なが》すやうに足許《あしもと》から動《うご》いて見《み》える。
我《わ》が妻《つま》、聞《き》くが如《ごと》くんば、御身《おんみ》は肉《にく》を裂《さ》かれ、我《われ》は腸《はらわた》を断《た》つ。相較《あひくら》べて劣《おと》りはせじ。堪《こら》へよ、暫時《しばし》、製作《せいさく》に骨《ほね》を削《けづ》り、血《ち》を灌《そゝ》いで、…其《そ》の苦痛《くつう》を償《つくな》はう、と城《じやう》ヶ|沼《ぬま》に対《たい》して、瞑目《めいもく》し、振返《ふりかへ》つて、天守《てんしゆ》の空《そら》に高《たか》く両手《りやうて》を翳《かざ》して誓《ちか》つた。
其《そ》の時《とき》、お浦《うら》が唇《くちびる》を開《ひら》いて、僧《そう》の手《て》に落《おと》したと云《い》ふ、猪《ゐのしゝ》の牙《きば》の采《さい》を自分《じぶん》の口《くち》に含《ふく》んで居
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