ぼそ》い身《み》の上《うへ》ぢやが、何《なん》と為《し》ても思切《おもひき》れぬ……
 いけ年《どし》を為《し》た爺《ぢゞい》が、女色《いろ》に迷《まよ》ふと思《おも》はつしやるな。持《も》たぬ孫《まご》の可愛《かあい》さも、見《み》ぬ極楽《ごくらく》の恋《こひ》しいも、これ、同《おな》じ事《こと》と考《かんが》えたゞね。……
 さて困《こま》つたは、寒《さむ》ければ、へい、寒《さむ》し、暑《あつ》ければ暑《あつ》い身躰《からだ》ぢや、飯《めし》も食《く》へば、酒《さけ》も飲《の》むで、昼間《ひるま》寐《ね》て夜《よる》出懸《でか》けて、沼《ぬま》の姫様《ひいさま》見《み》るは可《え》えが、そればかりでは活《い》きて居《ゐ》られぬ。」


       雲《くも》の声《こゑ》


         二十二

 譬《たと》へば幻《まぼろし》の女《をんな》の姿《すがた》に憧《あこ》がるゝのは、老《おひ》の身《み》に取《と》り、極楽《ごくらく》を望《のぞ》むと同《おな》じと為《す》る。けれども其《そ》の姿《すがた》を見《み》やうには、……沼《ぬま》へ出掛《でか》けて、四《よ》つ手場《でば》に蹲《つくば》つて、或《ある》刻限《こくげん》まで待《ま》たねばならぬ。で、屋根《やね》から月《つき》が射《さ》すやうな訳《わけ》には行《ゆ》かない。其処《そこ》で、稼《かせ》ぎも為《せ》ず活計《くらし》も立《た》てず、夜毎《よごと》に沼《ぬま》の番《ばん》の難行《なんぎやう》は、極楽《ごくらく》へ参《まゐ》りたさに、身投《みな》げを為《す》るも同《おな》じ事《こと》、と老爺《ぢゞい》は苦笑《にがわら》ひをしながら言《い》つた。
 そんなら、四《よ》つ手場《でば》を留《や》めにして、小家《こや》で草鞋《わらぢ》でも造《つく》れば可《いゝ》が、因果《いんぐわ》と然《さ》うは断念《あきら》められず、日《ひ》が暮《く》れると、そゝ髪立《がみた》つまで、早《は》や魂《たましひ》は引窓《ひきまど》から出《で》て、城《じやう》ヶ|沼《ぬま》を差《さ》してふわ/\と白《しろ》い蝙蝠《かはほり》のやうに※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1−84−33]《さまよ》ひ行《ゆ》く。
 待《ま》てよ、恁《か》うまで、心《こゝろ》を曳《ひ》かるゝのは、よも尋常《たゞ》ごと
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