では有《あ》るまい。伝《つた》へ聞《き》く沼《ぬま》の中《なか》へは古城《こじやう》の天守《てんしゆ》が倒《さかさま》に宿《やど》る……我《わ》が祖先《そせん》の術《じゆつ》の為《ため》に、怪《あや》しき最後《さいご》を遂《と》げた婦《をんな》が、子孫《しそん》に絡《まつは》る因縁事《いんねんごと》か。其《それ》とも弔《とむ》らはれず浮《う》かばぬ霊《れい》が、無言《むごん》の中《うち》に供養《くやう》を望《のぞ》むのであらうも知《し》れぬ。独《ひと》りでは何《なに》しろ荷《に》が重《おも》い。村《むら》の誰《たれ》にかも見《み》せて、怪《あや》しさを唯《たゞ》※[#「さんずい+散」、122−3]《しぶき》の如《ごと》く散《ち》らさう、と人《ひと》に告《つ》げぬのでは無《な》いけれども、昼間《ひるま》さへ、分《わ》けて夜《よる》に成《な》つて、城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の三町四方《さんちやうしはう》へ寄附《よりつ》かうと言《い》ふ兄哥《せなあ》は居《を》らぬ。
 殆《ほと》んど我身《わがみ》を持《も》て余《あま》した頃《ころ》の、其《そ》の夜《よ》……
「お前様《めえさま》が逢《あ》はしつた坊主《ばうず》が来《き》て、のつそり立《た》つた。や、これも怪《あや》しい。顔色《かほいろ》の蒼《あを》ざめた墨《すみ》の法衣《ころも》の、がんばり入道《にふだう》、影《かげ》の薄《うす》さも不気味《ぶきみ》な和尚《をしやう》、鯰《なまづ》でも化《ば》けたか、と思《おも》ふたが、――恁《か》く/\の次第《しだい》ぢや、御出家《ごしゆつけ》、……大方《おほかた》は亡霊《ばうれい》が廻向《えかう》を頼《たの》むであらうと思《おも》ふで、功徳《くどく》の為《た》め、丑満《うしみつ》まで此処《こゝ》にござつて引導《いんだう》を頼《たの》むでがす。――旅《たび》の疲労《つかれ》も有《あ》らつしやらうか、何《なん》なら、今夜《こんや》は私《わし》が小家《こや》へ休《やす》んで、明日《あす》の晩《ばん》にも、と言《い》ふたが、其《それ》には及《およ》ばぬ……若《も》しや、其《それ》が真実《しんじつ》なら、片時《へんし》も早《はや》く苦艱《くかん》を救《すく》ふて進《しん》ぜたい。南無南無《なむなむ》と口《くち》の裡《うち》で唱《とな》うるで、饗応振《もてなしぶり》に、藁《わら》など敷《し》いて
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