毛《しつぽ》だか、網《あみ》の中《なか》の婦《をんな》の姿《すがた》がふら/\動《うご》くだ。はて、変《へん》だと手《て》を離《はな》すと、ざぶりと沈《しづ》むだ。其《そ》の網《あみ》の底《そこ》の方《はう》……水《みづ》ン中《なか》に、ちら/\と顔《かほ》が見《み》える……其《そ》のお前様《めえさま》、白《しろ》い顔《かほ》が正的《まとも》に熟《じつ》と此方《こちら》を見《み》るだよ。
 や、早《は》や其時《そのとき》は畚《びく》が足代《あじろ》を落《おつ》こちて、泥《どろ》の上《うへ》に俯向《うつむ》けだね。其奴《そいつ》が、へい、足《あし》を生《は》やして沼《ぬま》へ駆込《かけこ》まぬが見《み》つけものだで、畜生《ちくしやう》め、此《こ》の術《て》で今夜《こんや》は占《し》めをつた。
 何《なん》のつけ、最《も》う二度《にど》と来《く》る事《こと》ではない、とふつ/\我《が》を折《を》つて帰《かへ》りましけえ。怪※[#「りっしんべん+牙」、119−16]《をかし》な事《こと》には、眉《まゆ》が何《ど》う、目《め》が何《ど》う、と云《い》ふ覚《おぼえ》はねえだが、何《なん》とも言《い》はれねえ、其《そ》の女《をんな》の容色《きりやう》だで……色《いろ》も恋《こひ》も無《な》けれども、絵《ゑ》を見《み》るやうで、何《なん》とも其《そ》の、美《うつく》しさが忘《わす》れられぬ。
 化《ば》けたなら化《ば》けたで可《よし》、今夜《こんや》は蛇《じや》に成《な》らうも知《し》んねえが、最《も》う一晩《ひとばん》出懸《でか》けて見《み》べい。」……
 で、又《また》てく/\と沼《ぬま》へ出向《でむ》く、と一刷《ひとは》け刷《は》いた霞《かすみ》の上《うへ》へ、遠山《とほやま》の峰《みね》より高《たか》く引揚《ひきあ》げた、四手《よつで》を解《と》いて沈《しづ》めたが、何《ど》の道《みち》持《も》つては帰《かへ》られぬ獲物《えもの》なれば、断念《あきら》めて、鯉《こひ》が黄金《きん》で鮒《ふな》が銀《ぎん》でも、一向《いつかう》に気《き》に留《と》めず、水《みづ》に任《まか》せて夜《よ》を更《ふか》す。
 風《かぜ》が吹《ふ》き、風《かぜ》が凪《な》ぎ、水《みづ》が動《うご》き、水《みづ》が静《しづ》まる。大沼《おほぬま》の刻限《こくげん》も、村里《むらざと》と変《かは》り
前へ 次へ
全142ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング