づ》めて、身体《からだ》を張《は》つて、体《てい》よく賃無《ちんな》しで雇《やと》はれた城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の番人《ばんにん》同然《どうぜん》、寐酒《ねざけ》にも成《な》らず、一向《いつかう》に市《いち》が栄《さか》えぬ。

         二十一

 魚《うを》が寄《よ》ると見《み》れば、網《あみ》を揚《あ》げる、網《あみ》を両手《りやうて》で、ぐい、と引《ひ》いて、目《め》も心《こゝろ》も水《みづ》に取《と》られる時《とき》の惨憺《みじめ》さ。ガサリなどゝ音《おと》をさして、畚《びく》を俯向《うつむ》けに引繰返《ひきくりかへ》す、と這奴《しやつ》にして遣《や》らるゝはまだしもの事《こと》、捕《と》つた魚《うを》が飜然《ひらり》と刎《は》ねて、ざぶんと水《みづ》に入《はい》つてスイと泳《およ》ぐ。
 余《あまり》の他愛《たあい》なさに、効無《かひな》い殺生《せつしやう》は留《やめ》にしやう、と発心《ほつしん》をした晩《ばん》、これが思切《おもひき》りの網《あみ》を引《ひ》くと、一面《いちめん》城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の水《みづ》を飜《ひるがへ》して、大四手《おほよつで》が張裂《はりさ》けるばかり縦《たて》に成《な》つて、ざつと両隅《りやうすみ》から高《たか》く星《ほし》の空《そら》へ影《かげ》が映《さ》して、沼《ぬま》の上《うへ》を離《はな》れる時《とき》、網《あみ》の目《め》を灌《そゝ》いで落《お》ちる水《みづ》の光《ひか》り、霞《かすみ》の懸《かゝ》つた大《おほき》な姿見《すがたみ》の中《なか》へ、薄《うつす》りと女《をんな》の姿《すがた》が映《うつ》つた。
「よく、はい、噂《うはさ》に聞《き》くお客様《きやくさま》が懸《かゝ》つたやうだね。恁《か》う、其《そ》の網《あみ》を引張《ひつぱ》つて、」
 老爺《ぢゞい》は手《て》で掴《つか》んで腰《こし》を反《そ》らして言《い》ふのである。
「引《ひ》き懸《か》けた処《ところ》でがんしよ……鮒《ふな》一尾《いつぴき》入《はい》つた手応《てごたへ》もねえで、水《みづ》はざんざと引覆《ぶつけえ》るだもの。人間《にんげん》の突入《つゝぺえ》つた重《おも》さはねえだ。で、持《も》つたまま大揺《おほゆ》りに身躰《からだ》ごと網《あみ》を揺《ゆ》れば、矢張《やつぱり》揺《ゆ》れて、衣服《きもの》だか鰭《ひれ》だか、尾
前へ 次へ
全142ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング