してくれ、お浦《うら》、何《ど》うしたんだ。」
と今《いま》は慌《あはたゞ》しく成《な》つた。青年《わかもの》は矢庭《やには》に頸《うなじ》を抱《だ》き、膝《ひざ》なりに背《せ》を向《むか》ふへ捻廻《ねぢま》はすやうにして、我《わ》が胸《むね》を前《まへ》へ捻《ひね》つて、押仰向《おしあふむ》けた婦《をんな》の顔《かほ》。
今《いま》も目《め》は塞《ふさ》がず、例《れい》の眸《みは》つて、些《さ》の顰《ひそ》むべき悩《なや》みも無《な》げに、額《ひたひ》に毛《け》ばかりの筋《すぢ》も刻《きざ》まず、美《うつく》しう優《やさし》い眉《まゆ》の展《の》びたまゝ、瞬《またゝき》もしないで、其《そ》のまゝ見据《みす》えた。
其《そ》の顔《かほ》と、此《こ》の時《とき》、引返《ひきかへ》した身動《みじろ》ぎに、飜《ひるがへ》つた褄《つま》の乱《みだ》れに、雪《ゆき》のやうに顕《あら》はれた円《まる》い膝頭《ひざがしら》……を一目《ひとめ》見《み》るや、
「うむ、」と一声《ひとこゑ》、※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《だう》と枯蘆《かれあし》に腰《こし》を落《おと》して、殆《ほと》んど痙攣《けいれん》を起《おこ》した如《ごと》く、足《あし》を投出《なげだ》してぶる/\と震《ふる》へて、
「違《ちが》つた/\。造《つく》りものだ、拵《こしら》へものだ、彫像《てうざう》だ。昨夜《ゆふべ》持《も》つて行《い》つた形代《かたしろ》だ、こりや、……おゝ。」
戦《おのゝ》く手《て》に、婦《をんな》の胸《むね》を確乎《しつか》と圧《お》せば、膨《ふく》らかな襟《ゑり》のあたりも、掌《てのひら》に堅《かた》く且《か》つ冷《つめ》たいのであつた。
「何《なん》だ、又《また》これを持《も》つて帰《かへ》るほどなら、誰《たれ》が命《いのち》がけに成《な》つて、這麼《こんな》ものを拵《こしら》へやう。……誑《たぶらか》しやあがつたな! 山猫《やまねこ》め、狐《きつね》め、野狸《のだぬき》め。」
と邪慳《じやけん》に、胸先《むなさき》を取《と》つて片手《かたて》で引立《ひつた》てざまに、渠《かれ》は棒立《ぼうだ》ちにぬつくり立《た》つ。可憐《あはれ》や艶麗《あでやか》な女《をんな》の姿《すがた》は、背筋《せすぢ》を弓形《ゆみなり》、裳《もすそ》を宙《ちう》に、縊《くび》られた如《ごと
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