ぢ》は大口《おほぐち》を開《あ》いて、
(留主《るす》におらが此《こ》の亭主《ていしゆ》を盗《ぬす》むぞよ。)
(はい、ならば手柄《てがら》でござんす、さあ、貴僧《あなた》参《まゐ》りませうか。)
 背後《うしろ》から親仁《おやぢ》が見《み》るやうに思《おも》つたが、導《みちび》かるゝまゝに壁《かべ》について、彼《か》の紫陽花《あぢさい》のある方《はう》ではない。
 軈《やが》て脊戸《せど》と思《おも》ふ処《ところ》で左《ひだり》に馬小屋《うまごや》を見《み》た、こと/\といふ物音《ものおと》は羽目《はめ》を蹴《け》るのであらう、もう其辺《そのへん》から薄暗《うすぐら》くなつて来《く》る。
(貴僧《あなた》、こゝから下《を》りるのでございます、辷《すべ》りはいたしませぬが道《みち》が酷《ひど》うございますからお静《しづか》に、)といふ。」

         第十三

「其処《そこ》から下《お》りるのだと思《おも》はれる、松《まつ》の木《き》の細《ほそ》くツて度外《どはづ》れに背《せい》の高《たか》いひよろ/\した凡《およ》そ五六|間《けん》上《うへ》までは小枝《こえだ》一ツもないのが
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